第14話
ジェラルドは大げさに両手を広げてみせた。左手の指先でつまんだグラスが、きらりと光を反射させる。
メアリーアンは一瞬、目を閉じた。その光に鋭さはなく、緩く、柔らかいものだったが。
「あなた、たまになさいますね。答のわかっている質問を」
再びグラスをなみなみと酒で満たし、ジェラルドはソファに戻ってきた。
「なんと言っても」
上着を揺らし腰をかけ、だらしなくその腕にもたれる。自分のそういった姿が魅力的であることを、彼は充分に理解していた。
常ならば何も届かないが、今夜のメアリーアンには効果があるかもしれない。
「私は継承者としての教育を受けていないのですよ、メアリーちゃん。生まれた時から兄がいて、私は弟です。兄が病弱だの放蕩だのという特別な事情があればともかく、爵位の恩恵を蒙る立場になく、義務を負う責もない。いつかは家を出される人間ですから」
「でも……おかしな言い方になるけれど、並べて言うべきではないけれど、途中で……」
小さな沈黙。それからメアリーアンは、昂然と顔を上げた。何かを切り捨てたように。言ってしまわなくては進まない。
「亡くなる方だっているわ。そうしたら、教育など受けていなくても、他の方が継承するしかないじゃない。そうしてこの制度は続いて来たのだから。当人に選択の余地がないという点がはじめから間違っている。人は未来を選ぶべきだわ。そもそも、彼がアニーと結婚をしたら、財産と立場を失うということだっておかしなことよ」
「しかし、ジェイムズはその財産と立場を、義務と共に得ているのですよ。義務を放棄するのであれば、当然それらも失われる」
「だから。だから、彼はすべてをいらないって言っているのに。本当はすぐにでも、あの子のところに行きたいのに、あなたたちを思って行けずにいるのじゃない。そのジェイムズの気持ちを思えば、あなただって少しくらい、お兄様を思いやって差し上げても良いのではないの?」
「嫌ですねぇ」
ジェラルドは大仰に肩をすくめる。
「大変に面倒くさい。好き好んであんなものを引き受ける人間の気が知れないですよ。これが本音であることは、持つものを投げ出しているあなたならおわかりでしょ?」
「私がわかってもわからなくても関係はないわ。話の行く先がわからなくなってる」
「あなたと私の行き先が異なっているのだから、当然ですよ。それにね、メアリーちゃん。あなたは友人としてその彼女の立場に立って考えているのでしょうけれど、我が家のこともきちんと考えていただきたいな」
「家?」
「兄の評判をあなたはどの程度ご理解でしょうか。ここまでのジェイムズ君は浮いた噂を一つも持たない最高値のついた優良な青年です。いずれ遠くなく我が男爵家よりも上の身分のお嬢さんが、彼の横に立つでしょう。両親は彼を信頼し、一族の誰にも不満はない。あなたは、それを打ち砕くことになるという側面についてもお考えになったのかを伺いたいですね」
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