第12話
メアリーアンもカップを傾けた。お茶ばかりを飲んでいるメアリーアンに、ジェラルドはワインを勧めてみる。ゆっくりと首を振られた。
少しくらいアルコールを入れた方が、話しやすいということもあるのに。
「あなたも、それを望んでらっしゃるのね?」
「一族の総意としてですね。世間一般の意見でもあり、歴史の語る事実でもある。現実として考えましょう。物語ではない。この世で二人が並んで幸せになることはない。初めから決まっていることです」
「そうかしら……」
「そうですよ。始めたことが失敗です」
言葉が消えた。視線が絡む。しかしロマンスの国とは遠く隔たり、見つめ合うと言うよりは、対峙する二人だ。一人では国境は越えられない。
やがて口を開いたのは、旅に出る気など少しもない方だった。自分の恋のことなど微塵も頭にない。湿ったため息がこぼれる。
「あなたもやはりそちら側の方なのね。少し変わった方だから、違うことを考えるのかとも思っていたわ」
「いえいえ。存分にそういった考え方が身についておりますよ。それ以外のことは教えられなかった」
「教えてもらっていないから知らないのだなんて、胸を張って言えることではないと思う。人は学ぶこともできるでしょう」
「これは痛いところを突く。祖父に似たようなことを言われたことがあります。十年以上は前ですが」
学校にやられていた頃の話だ。説教など聞き流して生きてきたと思っていたのに、よく憶えていたものだ、と自分に感心する。祖父の姿も思い浮かべることができた。やわらかな笑顔だ。それが一番初めに出てくるのなら、エクセレント。
「祖父が亡くなってもう五年が経ちます。彼も兄に満足し、我が家門の安泰を心配することなく逝きました」
おそらくは。特に確認をしたわけではないが、不満を感じる要素など欠片もなかったはずだ。ジェイムズは良い子、ジェラルドは悪い子。どちらもそこに悪意はのせず、ただ稚気にも近くその単語が選ばれていた。
「そういうことです。兄は歴史を棄てられない。実のところ、こんな話をしていることが不思議ですよ。まるで誰か他人の噂話のようだ」
「他所で起こることはあなたの家でも起こらないわけがないのよ。……アニーを愛しているのは、間違いなくあなたのお兄様なの」
ジェラルドは眉を寄せた。今度は彼が、黙ったまま首を振る。少なからず努力はしてみた。しかし、――ジェイムズと女の姿など思い浮かべることができない。
もちろん妻は迎えるだろう。並ぶ肖像画であれば、当然未来に在るものだ。しかし(再び)彼に恋人などと。
「二人が一緒にいるところを見たらわかるわ。全然、違うのよ。そうあるべきだという空気があるの。わかるでしょ? そういうことって、起こるのよ」
カタン。
これはグラスを卓に置いた音。ジェラルドの声は静かだった。
「おもしろいですね」
「興味深いと、そういう意味?」
「そうなるかな。あなたがですよ。メアリーちゃん。先ほど私の勉学姿勢を糾弾した人と、これで同じ人間の言い分なんですからねぇ。極めて抽象的。空気と言いましたか。そうあるべき空気だと」
「私のことはどうでも。でも、どちらも真実だわ」
「アニー」
「えぇ」
「それが彼女の名前」
ふ。
ジェラルドは息を抜いた。笑うように唇が揺れる。
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