第11話

 冷えた沈黙のあとは、重いため息だ。それはジェラルドの耳に馴染んだメアリーアンだけが持つもので。


「私はここに、あなたのご意見を伺うために来たんです。聞かせてください。この状況をどう考えていらっしゃるのか」


「そうでなければ来なかったと、どうしても私に念を押しておきたいわけですね。あなたは」


 力強く頷かれ、ジェラルドは、にやりと笑う。調子が戻ってきた。ならばこちらも、気が楽になる。


「状況ね。まさに先ほどから、そのお話をしているつもりでしたよ」

「お兄様を助けてあげようというお気持ちは?」


「それは思い付かなかったなぁ」


 ジェラルドは久方ぶりに立ち上がり、酒のワゴンに向かって歩いた。あくまで控え続けていたメイドが近寄ろうとするのを、手で制する。


 これくらいなら一人でできる。それに、ゆっくりと銘柄を吟味して選びたい気持ちだった。ひとつボトルを掴み、また戻す。


「そもそも、メアリーちゃん。私はこの問題を、問題として捉えていないのですよ。噂は聞きましたが、そんなばかな、と思った。そしてその次には、まぁすぐに消えてなくなるだろう、と決めた。そこから先など、あり得ない話だからです」


 四番目に掴んだものがお気に召した。背の低いグラスに注ぎながら振り返ると、長台詞を聞いていたのかいないのか、砂糖壺に手を伸ばし、メイドに止められている。


 注がれていた二杯目は冷めている頃。砂糖を溶かす力などないだろう。新しいカップに新しいお茶を。


 まるでアリスの光景だなと、ジェラルドは微笑ましい思いではなく考えた。可笑しな言葉遊び、含むばかりのやり取り。


 ひねくれた彼は、ひねくれたあの物語が好きではなかった。面倒くさいのだ。


「聞いていますか? お嬢さん」

「もちろんです」


 新しいカップを受け取ると、また、ありがとうと微笑んで見せる。向き直った時には真顔だった。素早くも掻き消すものだ。


「せっかくのあなたからの質問ですが、残念ながら答えるほどの答はない。通常この場合、私たちはどう考えるものでしょうかね。兄と、彼女のその、……関係についてなどを、ですよ」


「私とあなたは違うと思う。あなたはきっと……あなたたちは」


 あえて、といった風に言い直した。自分がどこにくくられているのか、ジェラルドは承知している。『それ』が、メアリーアンには敵(かたき)だということも。


「何も起きてはいないと考えるのだわ。確かにそこにあるものを、見ないふりをして済ませるのは得意だもの」


「そう。その通り。私たちが頭を悩ますことはない。そのような事実はそこにはない」


 一口。酒は舌を焼いた。


「何事もなかったのですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る