第10話
それまでにも増して小さな呟きだったので独り言だろうと、ジェラルドは答えを返さずにいた。すると視線が刺さる。ので、頷いて見せる。そして付け足した。
望んではいない事実だろうに、なぜに言葉にすることを望むのか。
「話はすでに、いわゆる世界のこちら側まで来てしまっているということです」
疑問はしまい込み、メアリーアンの希望には応えよう。その心意気で発した言葉は、暗鬱のため息に迎えられた。予定通りだ。
「あなたはどちらをお望みだったのです? この話があちら側で取り沙汰されている段階であれば、彼女を表に出さずに騒ぎを片付けることができるかもしれない。それとも公になってしまい、ジェイムズが退引きならない事態に追い込まれれば、あるいは彼は決断を急ぐかもしれない、と。そうお考えでした?」
「ジェイムズの決断……。それはどちらにかしら」
感情をうかがわせない声でメアリーアンは言い、少しの間黙り込んだ。やがて、うつ向き加減だった顔を上げ(但しジェラルドと目を合わそうとはせずに)、言葉を探しながら続ける。
「自分でも、何を望んでいたのか今ではわからくなってしまいました。ただ、あなた方は――あなたの側の方たちは、知ればこぞってジェイムズを引き留めるでしょう? そういった外の声に引き摺られずに、自分の気持ちを大切に、私は彼に選択をして欲しいと……」
首を振る。そして。
「違うわ。ただ、」
微かに感じられる風のような声を。
「こんなに急ぐことなどなく、二人にはもっとゆっくりと時間を過ごさせてあげられたら良かったのに……って……そう思っていて」
時間なら。この場の時間ならば進みがおかしい――ような気がしていた。気付かない間にメイドが横に立っていて、よく躾けられた優雅な手付きでお茶を注いでいる。
彼女の腰に垂れるエプロンの真白い紐。目の端に映るそれを何故か気にしながら、ジェラルドは言う。
「ゆっくりと。あなたはそう願ったかもしれませんが、二人にはどうでしょうね。長引けば長引いただけ盛り上がったとして、辛い思いが増すばかりですよ。一時楽しかった。夏の夜の夢は一夜であればこそ楽しく美しいのではありませんか」
少し間をおき、両腕を拡げる。結論を効果的に響かせるために。
「恋は必要ない」
メアリーアンは、驚いたようで目をみはり、すぐにそこに呆れた色を重ねた。
「まさか。あなたがそんなことを言うなんて」
「おや、失望されましたか。期待した言葉ではなかったようだ。では言い換えましょう。女性の前で言うべきではないとわかってもおりますが、あなたはクリス様をも理解なさっておいでの方です。歪まずに正しく伝わるでしょう。『恋は行きずり』なのですよ」
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