第7話
「お許しがいただけるのなら、今日はもう失礼させていただきたい思います」
「それはできない」
間髪入れず、短くジェラルドは返した。メアリーアンを見上げるシルバーグレイの瞳がキラリと光る。
当世一代の憧れの君とも言われ、視線ひとつで嬌声を起こさせることもできる男に求婚じみた言葉を口にされて、その返しようはあり得ない。
あり得ない。今宵は、幾度その単語を思う浮かべることになるのだろう。
それを新鮮に思うだけで済めばよいがと不安がないわけではない。しかしジェラルドは思い切りの微笑みを浮かべ、
「先ほどのあなたのご提案の通り、お話をしましょう。せっかくの機会ですよ。我が家にお越しになるという奇跡が起きたというのに、このままお帰りとは寂しいじゃないですか。雨音とは侘しさを知ることもあれば、響きの美しさに感じ入ることもある。これすべて共にする相手次第、気持ちの持ちようなのですよ、メアリーちゃん」
溢れ出る演説をそれ以上は聞く気がない、とばかりに勢いをつけて、メアリーアンは身を翻した。
場にそぐわないことに、腰のリボンが可愛らしく揺れる。ジェラルドは声をあげた。それを、愉快そうに細めた瞳に映しつつ。
「あぁ! およしなさい。あなたお一人では、この屋敷から出られやしないでしょう」
「迷いません。来た道をちゃんと覚えているもの」
「違いますよ。私が出さないように申しつけてあるという話です」
「どういうつもり?」
まるで三文小説の悪役と攫われてきた娘のやり取りだ。攫ってきた覚えはない。
後に誰かに説明をするならば、むしろ自ら飛び込んで来たと言ってしまっても間違いではない。これは言い訳が立派に立つ。
組み立てた結果に笑いたくなり、ジェラルドはそれを実行に移した。ここはワルモノじみて然るべき。
決して苦手などではない。嵌まっている。役どころに相応しく、娘の視線の動きも見逃さない。
「窓を開けて飛び出そうなどと考えないでくださいね。あなたを捕まえる為に家内総出で闇の中での水遊びはごめん蒙りたい。使用人に風邪でもひかれちゃ、私の生活に差し支える」
「そんなご心配はなさらなくても、追わなければいいだけのことだわ」
「元の椅子にお戻りなさい。それくらいは礼儀の範疇ですよ。そしてお体を温めないと。これはこちらのもてなしの範疇です」
「もう充分に温めてもらいました。ご主人様の割りに、皆様とてもご親切だったわ」
「嫌だな、メアリーちゃん。君らしくもない。その言い方では子供の憎まれ口ですよ。彼らが誰の命であなたの世話をやいたのかわからないわけではないでしょう。私が主人のこの家で」
「あなたのお父様の家だとうかがっていますわ」
「その父から、息子であるこの私が権利を与えられている家ですよ。あなた今日はおかしいですよ。ご自分で気付いていらっしゃるといいのですけれど。後で悔やみそうなことばかり言っている」
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