第6話

 閑話休題。話を戻そう。


 大きな後ろ楯を持つために、相応しい場所に参加したその稀な機会にあからさまな扱いを受けることはないが、と言って、彼らの声が聞こえていないわけではないだろう。


 ときに恋人の囁きよりも、恐れずに言ってしまえば天上の君主のそれよりも響き渡る、噂という名の大きな声が。


 彼女の正体は、エルドリッジ男爵令嬢メアリーアン。男爵家は、栄えある王国の歴史を語るに外せない旧家であるところの、ローダーディル伯爵家のご家中なのである。


 歴史と伝統が何よりまずのことである、この国では。と、自らもその恩恵をたっぷりと受けているラウンズドンの息子は、四百年の歴史を双肩に乗せて思うのであった。(ローダーディルよりざっと三百年ほど短い)


 知らぬ間に生まれた子でもない。誕生のその時から男爵家で、蝶よ花よと育てられたメアリーアンが、何故に恵まれた立ち位置を否定しながら生きるのか。理解はまったく不可能だ。


 と言って深く考えたことはないのだが。常にさらりと、なぜだろう? と思うばかりである。


 すべての事象に対して見られるジェラルドのその軽さが、そもそもメアリーアのお気に召すものではない、と、話は元へと戻っていく。


 もっともジェラルドが嫌われている理由はそれだけではない。(そうとも。嫌われている。おそらく、五本の指に入るほど。そしてそれは隠す努力をされていない)


 ジェラルドがミス・エルドリッジの不興をかうその理由。


 それはジェラルド・カーストンが、メアリーアンの従兄、クリストファー・ローダーディルの友人であるが故のことである。


「どうなさいました。お珍しい。あなたがそこまで私に言葉を選んでお話下さるとはね」


 とにかく会話は転がさなくては。胸に産まれた微かな危機感を意識したものか、ジェラルドは茶化しにかかる。黙っている時間は、良いとは思えないなにかを育てているようだ。


「もっとも今日はなにもかもが珍しいのですけれど。いかがですか、こちら。なかなか居心地の良さそうな屋敷だとは思いませんか? 身内自慢で申し訳ないことですが、母は趣味が良いでしょう。おそらく、あなたのこともお気に召されることと思うんですよ。私もいよいよ親孝行ができるかもしれない。心配なさらなくても大丈夫。あなたならすぐに慣れます」


「何をおっしゃられているのか……」

「この家にも、私にも」


 未だかつてないことに、二人は視線を絡ませた。多くを物語り、変化に激しいのは、メアリーアンの方だ。


「私……!」


 メアリーアンは立ち上がった。いつもならば充分にかわせる軽口だろうに、まるで余裕がない。


 恐ろしく非礼な言葉(まあ、そうかもしれないが)を聞いたレディさながらに頬を紅潮させ、叩きつけるように言い放った。

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