第5話


 ノックの音に顔を上げれば、扉が開くのが見えた。その高さ、メアリーアンの身長の倍はあろうかという扉を従僕に押さえさせ、今夜の客人が姿を見せる。


口を真一文字に結び、足取りも確かだ。つい先ほどの街での姿が夢のようにしっかりと進んで来る。


 メイドが一人、後に付いてきた。ホールでのやりとりを思い出し、ジェラルドの瞳に興味の色がさす。主人の視線に気付き顔を上げた娘は、目を合わせても、どうにも表情を動かさなかった。


 そうか。彼女ではないのか。


 ジェラルドは残念な気持ちになる。特に気に入っていたわけではないが、気に入っていただいていなかったことは、心外。勝手な言い分である。


 メイドのなかでも歳上の方、姉のような表情で世話をやいている。侍女よろしく椅子におさまるのに手を貸し、スカートの裾の皺まで伸ばしている彼女に、お嬢様は微笑んだ。


「ありがとう」


 そんな優しい顔を、何故こちらには出し惜しむのだろうかと、テーブルを挟みこちら側でジェラルドは首を捻る――ことはしなかった。


 今さら考える余地はない。メアリーアンの微笑みを受け取るには、自分は多少、ふざけすぎてきた。短くはないこれまでの時間に。


 そしてその過去の積み重ねは、特に後悔するものでもない。


「落ち着きましたね」


 メイドが一礼し、部屋の隅に引っ込むのを待って言う。部屋を去ることはしないらしい。指示が行き届いている。もちろんハウスキーパーの。


「お世話になりました。ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。よろしければ」


 すぅ、と息を吸い込む。そして、それはそのままため息へと変化した。視線を泳がせて躊躇うこと数秒。


「よろしければ、あなたと、お話をしたいと思っていて……私」


 うつむいた風情は愛らしい。


 階級相応の『お付き合い』にほとんど顔を出さず、なんとしたことか『職業』と称されるものにつくメアリーアンは、時に奇人のごとく語られることのある娘である。


 その噂のみから想像をすれば、浮かび上がりようもない姿。それが今はジェラルドの前にある。


 変わり者ではあろうが、変人ではない。つまりは、先入観に左右されず、偏見を持たない人間の目を通せばメアリーアン・エルドリッジというこの娘は。


――ただの可愛い娘なのだ。


 おや。


 眼前にして思考がずれた。ぼんやりと照らす灯りに影響されていたかもしれない。


 もっと堅い方向から情況を語るはずだったのだ。光を載せていつも以上にやわらかく映る髪などを、見ているつもりはなかった。のだが。

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