第3話

 一向に弱まる気配のない雨に煙る街を縫い、やがて馬車は目的の地に到着した。音を聞きつけて扉が開く。


 ロンドンでも最高の、とまではいかないが、それなりの敬意を込めて口にされる街に建つ、ラウンズドン男爵所有のタウンハウスだ。


 箱の中では、轍が止まるのと同時に、ジェラルドには疑問を載せた一瞥が与えられた。あるいは怒りも在ったかもしれない。そこには。


 従僕の手により開かれた扉。現れた外の景色に視線を移した娘は、何かを噛みしめる顔をした。この短い時間に内部で固められたものがあるらしく、無言のまま席を立つ。


 スカートをつまむのは習性。けれどその布は少しも持ち上がろうとはしない。充分に雨水を吸い込んでいるのだ。軽やかな衣擦れなど起ころうはずがない。


 その重さがそのまま心の重さだ。何につけ重たいもの全般を苦手とするライトな男は、娘のこれもまた重そうな髪の向こうの従僕コンビにうなずいて見せる。


 驚きを確かに一瞬表情に出し、懸命に呑み込んだ二人は、そこに含まれた意を受け取ったらしい。傘を持った方から心得た会釈が返ってきた。いい男だ。初めて見た。(そんなはずはない)


 差しかけられた傘の中を、逆らうことなく屋敷に向かって進む姿をしばし見つめる。数フィート先は靄に消える。雨音が遮る。視覚さえも。そのまま異世界へと吞み込まれてしまうようではないか。


 それもまた美しい。

 笑み含んで短い幻視を振り払い、続いて降りようとしたジェラルドは、突き出された手に動きを制された。


「お待ちください。すぐに傘をお持ち致しますので」


 扉を押さえていた方の従僕が、慌てた顔を見せている。こちらの方が職歴が浅いのか、あるいは人間味を残すポリシーか。


「いいよ。もう存分に濡れているんだ」

「しかし……」


 判断に迷いぐずぐずするまだ若い彼を、主人は一喝した。雨を切り裂き一声。


「走れ!」

「はい!」


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