誘拐2
その頃、ステイシーは木で出来た小屋のような一軒家にいた。両腕を縛られ、床に座るような形で柱に括り付けられている。
「あの……家に帰して頂けませんか?」
遠慮がちにステイシーが聞くと、側の椅子に座っていた男達三人はステイシーを睨んだ。
「帰すわけないだろう。城を襲撃する計画を聞かれたんだから」
黒髪を肩まで伸ばした大柄な男が言う。
「ですよね……」
ステイシーは、静かに溜息を吐いた。今頃、マージョリーやハーマンは心配しているだろうか。早く薬局に帰りたい。……まあ、そもそも生きて帰れるかどうかわからないのだが。
「しかし、この娘、どうするんだ?」
黒髪の男の隣に座っていた赤い短髪の男が言った。
「殺すのは可哀そうだよ……要は計画を邪魔されなければ良いんだろう?城の襲撃が終わったら、帰してあげようよ……」
他の男達の向かいに座った栗色の髪の男が言う。彼は三人の中では一番若く、二十歳前後に見える。
「お前は甘いな。……まあでも、殺す必要は無いか」
「じゃあ、計画が終わったら解放するという事で」
男達がステイシーを見ながら言う。何というか……この男達、思ったより温和な性格をしているのかもしれない。
「ごほっ……!!」
急に、栗色の髪の男が咳込んだ。
「おい、大丈夫か、マーティン!?」
「また喘息の発作か?」
男二人が立ち上がり、心配そうにマーティンと呼ばれた栗色の髪の男に近付く。
「大丈夫……すぐ治まるから……っ……!!」
マーティンは、なおも咳をし、ゼーゼーという苦しそうな呼吸音まで聞こえる。
「マーティン、これを飲め」
「……ありがとう、ビリー」
ビリーと呼ばれた黒髪の男が、錠剤をマーティンに渡す。どうやら、喘息の薬のようだ。この世界は近世ヨーロッパ風に見えるのに、既に喘息の治療薬まで開発されているというから驚きだ。
マーティンは錠剤を飲んだが、すぐには効かない。しばらく咳が続いた後、少しだけ落ち着いてきたようだ。
「薬を飲んでも発作がすぐ治まらないんだよなあ……何かいい方法は無いのか」
「あのー……」
恐る恐るステイシーが話しかけた。
「何だ?今お前に構ってる暇はないんだが」
赤い髪の男が、ステイシーを睨みながら言う。
「いや、その……私は薬剤師なので、喘息の薬についてお伝えしたいと思いまして……」
「……言ってみろ」
赤い髪の男に促されて、ステイシーは話し始めた。
「その喘息の薬は、症状が出た時に飲むのではなく、毎日定期的に飲んで下さい。即効性が無いので。それと、そのテーブルに置かれているのはタバコですよね?マーティンさんはタバコを吸っているんですか?」
「いや、僕はタバコを吸わない。ロニーが、タバコを吸わない方が良いって言うから」
そう言って、マーティンは赤い髪の男の方を見た。どうやら、赤い髪の男の名はロニーというらしい。
「でしたら、そのままタバコを吸わないで下さい。タバコには、この薬の代謝に関わる酵素の働きを活性化する成分が含まれています。タバコを吸う事自体健康に良くないですし、タバコを吸っている人が急に禁煙すると副作用が出やすくなります」
ペラペラとしゃべるステイシーを、男達はポカンとした顔で見つめていた。
「あ、それと……」
「まだあるのか!?」
ロニーが思わず声を上げたが、ステイシーは構わず言った。
「もし可能であればなのですが……ヴィッセン王国にある病院を受診してはいかがでしょう?あの国はこちらよりずっと医学が発展していて、喘息の症状が出た時だけ使う吸入薬があるんです。即効性があるので、定期的に薬を飲んでいても発作が出た時に有効かもしれません」
「……そうか……」
ロニーが真剣な顔で頷いた。すると、ビリーが口を挟んだ。
「俺達は元々商人で、ヴィッセン王国にも行った事がある。マーティン、今度一緒にヴィッセン王国に行こう」
「うん……ありがとう」
マーティンは、穏やかな顔で微笑んだ。
「それにしても……喘息の飲み薬を購入できるような財力のある方々が、どうして城を襲う計画を?」
ステイシーが首を傾げると、ビリーが答えた。
「俺達は主に国内で加工食品を扱う商売をしていたんだが、最近商品があまり売れなくなった。……それというのも、近隣諸国から安価な商品が大量に流入するようになったからなんだ」
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