誘拐1
「このままでは、暴動が起きかねません」
ある日の夕方、城の広間でアーロンが言った。彼の目の前には国王夫妻、隣にはセオドアとブレットがいる。
「……というと?」
ユージンが、真剣な顔でアーロンに尋ねる。
「昨年小麦が不作だったせいで、この国の多くの領地の税収が減りました。そのせいで貧困世帯が増え、国民の不満が高まっております。なので、暴動が起きても不思議はないかと……」
「では、お前はどうすれば良いと思う?」
「収入の多い世帯から税を多く徴収しても良いのですが、それだけだと収入が多い者の労働意欲が下がってしまいますので、まずは貧困世帯の就労支援を……」
ユージンとアーロンの会話を聞きながら、ブレットが小さな声で呟いた。
「……あいつ、本当に平民の生活をしていたのか?あいつが王族としての教育を受け始めたのはついこの前だったと思うが、飲み込みが早過ぎるぞ」
「オールストン家にいた時から、たまにステイシーに文字や歴史を教えてもらったみたいだけど、確かに飲み込みが早いね」
セオドアも、頷きながら小声で答える。
「……兄さん、将来ステイシーと結婚して公爵家を継ぐんだよな。……俺、国王としてやっていけるかな。あいつに実力を追い越されそうなんだが」
「まあ、頑張れ」
セオドアは、苦笑してそう言った。
その数日後、薬局にいたステイシーは調合室でマージョリーに話し掛けた。
「先生、私、買い物に行ってきます。何か食べたいものはありますか?」
「あ、ステイシー様。俺、牛肉を煮込んだ料理が食べたいです」
何故か、マージョリーではなくハーマン・ヤングが答えた。彼はつい最近雇われたばかりだが、元々薬剤師なだけあり、即戦力となってくれている。
「……ヤング様にはきいてなかったんですが……先生は牛肉で良いですか?」
ステイシーが聞くと、マージョリーは苦笑して答えた。
「それで良いよ。行っておいで」
「はい」
そう言って、ステイシーは薬局を後にした。
しばらく歩くと、市場が見えてきた。ステイシーは、早速肉屋で買い物をする。近くに果物屋もあったので、そこでリンゴをいくつか購入した。
その他の買い物も済ませ、大通りを歩いていると、紙袋からリンゴが一個落ちた。
「あっ……!!」
リンゴはコロコロと転がっていき、狭い路地に侵入した。
「待って……!」
ステイシーはリンゴを追いかけて狭い路地に入っていった。しばらく走ってやっとリンゴを捕まえると、ステイシーはふうと息を吐いた。そしてステイシーが大通りに戻ろうとした時、側にある曲がり角の向こうから複数の男の声が聞こえた。
「……だから、城を襲うのはもっと後が良いと言ってるんだ!」
「しかし、隣町の奴の気が変わらない内に実行しないと」
「でも……城の警備が厳しいんじゃ……もっと計画を練った方が……」
どうやら、城を襲撃する計画があるらしい。ステイシーは、体を震わせた。早くこの事をセオドア達に知らせなければ。
ステイシーは、急いで大通りに戻ろうとしたが、石畳の道の段差に躓いて転んでしまった。
「あっ!!」
思わず声を上げる。いくつものリンゴがゴロゴロと音を立てて転がっていった。ステイシーは、地面に膝を突いたまま、恐る恐る後ろを振り返る。
そこには、ステイシーを睨みつける三人の男達がいた。
翌朝、セオドアが薬屋カヴァナーを訪れた。カウンターには、浮かない顔のマージョリーがいる。
「おはようございます、カヴァナー先生……あれ、ステイシーは休みですか?」
「それが……あの子、昨日買い物に行ったきり戻って来ないんだよ」
「えっ!!」
セオドアが思わず大きな声を出す。すると、二階からハーマンが下りてきた。
「おはようございます、セオドア殿下」
「ああ……おはよう、ハーマン。そう言えば、君はここで働き始めたんだったか」
マージョリーが、ハーマンの方に向き直って言った。
「ハーマン、もう憲兵には行方不明の届をだしているんだろう?」
「もちろんです」
ハーマンは、真剣な顔で頷いた。
「ステイシーは無断欠勤するような子じゃないし、何かあったんだ。早く見つけないと……」
セオドアが、心配そうな声で呟いた。
「俺、昨日の夕方以降ステイシー様を見た人がいないか聞き回ろうと思っているんです。……カヴァナー先生、留守をお願いできますか?」
ハーマンが聞くと、マージョリーは頷いて言った。
「行っておいで。頼むよ」
「ハーマン、僕も捜索に加わるよ。どこに行けばいい?」
セオドアが聞くと、ハーマンは考え込んだ。
「昨日ステイシー様は夕飯の買い物に出掛けたから……市場の肉屋やその周辺で聞き込みをして頂いていいですか?俺は、近くにある酒場で話を聞いてきます。結構情報が集まるんですよ」
「分かった。じゃあ、昼にまたここで落ち合おう」
そして、セオドアとハーマンは薬局を飛び出して行った。
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