異国の技術2

 そんなある日の昼、ステイシー、セオドア、エルマー、護衛騎士の四人は民間の学校を訪れていた。この国の教育水準をエルマーに知ってもらう為だ。


 誰も住まなくなった建物を再利用しただけの小さな学校だが、石造りの廊下や教室は綺麗に手入れされていて、ステイシーは感心した。


 学校を視察する事は前もって学校の職員に伝えてある。ステイシー達は教師に挨拶をし、授業が始まる直前の教室に足を踏み入れた。




 教室では、十歳前後と思われる子供達が二十人程座っていた。彼らは初めの内は雑談をして騒いでいたが、授業が始まると静かになり、熱心に先生の話を聞いていた。


 授業を聞いていたエルマーが、呟いた。


「……平民なのに結構高度な授業をしているんだな……」


 どうやら、教育水準の高さを認めてもらえたようだ。ステイシーはホッとする。




 ステイシー達はしばらく授業を聞いていたが、急に廊下が騒がしくなった。


「きゃああっ!!」


「そっちに行ったぞ!」


「とにかく子供達を非難させろ!!」


 廊下から聞こえてくる声を聞いて、授業をしていた女性教師が「何事です!」と言ってドアを開ける。そこに通りがかったのは、教師と思われる中年男性。


「ああ、先生、大変です!……魔物が、学校に入り込んできました!!」


「何ですって!?」


 女性教師は目を見開いた後、中年男性から詳しい状況を聞き、すぐに子供達の方に向き直ると叫んだ。


「皆さん、魔物が現れました。すぐに裏口の方に避難して下さい!」


 教室内にざわめきが起こったが、すぐに子供達は立ち上がり、出口の方に走って行った。




「エルマー殿下、ステイシー、僕達も逃げよう!」


 セオドアが切迫した様子で言い、ステイシー達四人も廊下に飛び出した。そしてもうすぐ建物の裏口に到着しようという時、廊下に獣のような生き物がいるのに気付いた。


 一見狼のようだが、体も牙も大きく、赤い瞳でステイシー達を見つめている。魔物だった。




「くっ……裏口に回り込んでいたか!!」


 護衛騎士が苦虫を嚙み潰したような表情で言う。そして、彼は腰に差していた剣を抜いて魔物に斬りかかった。


 しかし、大きい割に魔物の動きは素早く、ジャンプして剣を避けると、護衛騎士の右腕に噛みついた。


「ぐっ……!!」


 護衛騎士は呻くと、剣を手から落とした。剣は床に落ち、カランカランという乾いた音が響く。護衛騎士の腕からは、血がドクドクと流れていた。


 魔物は、ステイシー達の方に向き直り、真っ直ぐに駆けて来た。




「ステイシー!!」


 セオドアは叫び、ステイシーの前に飛び出すと、魔法陣を発動させた。すると、魔法陣から勢い良く炎が噴き出て、魔物に襲い掛かった。魔物は、呻き声を上げながら灰になっていった。




「良かった……」


 ステイシーはホッと息を吐いたが、ハッとすると護衛騎士の方に目を向けた。彼は苦しそうな顔で廊下に倒れたままだ。


「まずいな……もしかしたら、あの魔物の唾液には毒が含まれているかもしれない」


 セオドアが眉根を寄せて言った。


「そんな……早く病院に運ばないと!」


「ここからだと、モーガン先生の治療院が近いな。ステイシー、この騎士を馬車に運ぼう」


「はい!」


 ステイシーとセオドアが話している側で、エルマーはただ護衛騎士に声を掛けていた。


「ヨ―ナス、ヨ―ナス……!!」




 治療院に護衛騎士――ヨ―ナスを運ぶと、すぐにモーガンが診てくれた。


「……毒のせいで傷の状態が酷いな。解毒薬と抗生物質を使わないと」


 ベッドに横たわるヨ―ナスを見ながら、モーガンがそう言って眉根を寄せた。


「魔物が持つ毒に対抗する薬なら、うちの薬局にあるので持ってきます!」


 ステイシーは、すぐに薬屋カヴァナーに駆けて行った。




 しばらくして応急処置が終わり、ヨ―ナスは治療院のベッドで眠っていた。命に別状は無いようだ。


「……ヨ―ナスは、私が幼い頃からずっと側にいてくれたんだ」


 ベッドの側で、エルマーがぽつりぽつりと話し始めた。なんでも、ヨ―ナスは国王夫妻が忙しくてエルマーが寂しい思いをしている時、本を読み聞かせたり剣術の稽古の相手をしてくれたりしたらしい。エルマーにとって、ヨ―ナスは護衛以上の大切な存在だった。




「……ステイシー様、ヨ―ナスを助けてくれてありがとう。それと……無視して申し訳ございませんでした」


 エルマーは、ステイシーに向かって深々と頭を下げた。


「いえ、私は薬を持って来ただけですから。お礼はモーガン先生におっしゃって下さい」


 ステイシーは、慌てて言った。




 数日後、ヨ―ナスは回復し、エルマーの護衛に復帰した。


「ご心配おかけしました、エルマー様」


 治療院の玄関で、ヨ―ナスがエルマーに頭を下げる。


「ふん……心配なんてしていない。お前がいないと困るからお前の容体を気にしただけだ」


 エルマーがそっぽを向いて応える。素直じゃない。


「それでも、気に掛けて頂いて嬉しいです。……さあ、城に戻りましょう、エルマー様」


 そう言うと、ヨ―ナスは笑顔でエルマーに右手を差し出した。エルマーは、彼と目を合わせないまま左手をヨ―ナスの手に乗せた。




 それからエルマーは、きちんとステイシーの話を聞いてくれるようになった。ステイシーはヴィッセン王国の医学や薬学について知る事が出来て勉強になったし、エルマーも、薬屋カヴァナーで行っている医療過誤を起こさない為の取り組みを聞いて感心した。


 そして、あっという間にエルマー達がヴィッセン王国に帰る日が来た。




「セオドア殿下、ステイシー様、短い間でしたがお世話になりました」


 城の入り口でエルマーが言う。


「こちらこそ、楽しかったです」


「勉強になりました。またこちらにいらして下さいね」


 セオドアとステイシーも声を掛けた。




「お二人共、お元気で!……またお会いしましょう」


 そう言って、エルマー達は馬車に乗り込んだ。馬車が走り出した後も、その姿が見えなくなるまでステイシー達は手を振っていた。

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