腰痛1
一包化の機械の試作品が出来てから数日経ったある日の昼、薬局のドアのベルが軽やかに鳴った。
「こんにちは……あ、セレストさん」
店内に足を踏み入れたセレストは、笑顔でステイシーに声を掛けた。
「こんにちは、ステイシー。……話があるんだが、今いいか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
今、待合室に患者はいない。セレストは、待合室の椅子に座ると、困ったような顔でステイシーに言った。
「……先日、工場に一包化の機械の試作品を見に行ったろう?」
「はい。試作品とはいえ、とても良く出来ていて驚きました」
「そこの工場長が、腰痛で悩まされていてな」
「腰痛ですか……」
「ああ。それで、布に軟膏を塗り込んだ湿布を使っているんだが、いつもかぶれてしまうらしい」
「まあ……」
「それで、湿布を休み休み使ったりして様子を見ているそうなんだが、湿布を使わないと痛みが辛いらしくて、困っているそうだ。そこで、ステイシーに相談に乗ってもらえないかと思ってな」
「それはお困りですね……分かりました」
そして、ステイシーはカウンターの奥にいるマージョリーの方を振り向いて言った。
「先生、工場に行ってもいいですか?」
「ああ、行っておいで」
アーロンが城に滞在するようになったので、薬局のスタッフは二人だけ。以前より忙しいにも関わらず、マージョリーは快くステイシーを送り出してくれる。
「ありがとうございます、では行ってきます!」
そう言って、ステイシーは薬局を後にした。
それからしばらく馬車に揺られ、ステイシーとセレストは工場に到着した。工場は赤茶色のレンガ造りで、よく目立つ。
中に入ると、工場の従業員達が明るい声で挨拶した。
「リンドバーグ会長、こんにちは!」
「お、この前見学にしたお嬢ちゃんじゃないか。よくあんな機械思いついたな」
従業員達はざっくばらんとしていて、けれどもステイシー達が傷つくような事は言わない、優しい人達だ。
「こんにちは、ブラウンさん。一包化の機械の件ではお世話になってます」
「よお、ステイシー。今日も機械の試作品を見に来たのかい?」
「いえ、今日は、ブラウンさんが腰痛に悩まされているとお聞きしまして……」
そう、腰痛に悩まされているのはこの工場長、ルイス・ブラウンである。
「俺の腰痛?……そういや、ステイシーは薬剤師だったか」
白髪が目立つ六十代の工場長は、宙に視線を向けながら呟いた。
「はい。湿布の事で何かお役に立てればと……」
「……じゃあ、休憩室で話を聞いてもらおうかな」
そして、ステイシー、セレスト、ルイスの三人は休憩室で話をする事にした。
「俺は数年前から腰痛に悩まされていてな。色々湿布を試してみたけど、この湿布が一番効くんだよ」
そう言って、ルイスは手持ちの湿布をステイシー達に見せてくれた。白い布に白い軟膏が塗られている。
「かぶれないようにするには、毎日少しずつ貼る位置をずらした方が良いんですが……」
「それはもう実践してるんだよなあ……」
ステイシーの言葉に、ルイスは溜息を吐いて応えた。
「ちなみに、その湿布の成分が記載された紙とか、説明書みたいなものはありますが?」
「ああ、エイミスファーマシーで薬を貰った時に渡されたな。……これだ、これ」
ルイスは、側にあった鞄から一枚の紙を取り出した。ルイスから紙を受け取ったステイシーは、しばらくその説明書に目を通していたが、やがて顔を上げて言った。
「ブラウンさん、念の為聞いておきたいんですけど、湿布を貼った部位に直接日光が当たるなんて事は無いですよね……?」
ルイスは、目をぱちくりさせながら答えた。
「今は暑いからな。たまにシャツを脱ぐ事があるから、腰に日光は当たってるな」
それを聞くと、ステイシーは難しい顔をして言った。
「……ブラウンさん、この成分が含まれる湿布を貼った部位に直接日光が当たると、肌が赤くなったり発疹が出来たりする事があるんです。光線過敏症と言うのですが、もしかしたら、ブラウンさんのかぶれはそれが原因かもしれません」
「へえ……そう言えば、説明書をよく読んでなかったな」
「今後はよく読むようにして下さい……ブラウンさん、今はその湿布を使っていないんですか?」
「ああ、一昨日剝がしてから使ってない」
「なら、その湿布を使うのはそのまま中止して下さい。剥がした後も光線過敏症の反応が出る可能性があるので、数か月は日光に当たる場所でシャツを脱がないようにして下さい。暑くてどうしてもシャツを脱ぎたいのであれが、布を巻いたりして患部を保護して下さい」
「そうなのか……分かった。じゃあ、俺の場合腰痛には違う成分の湿布を使った方が良いんだな」
「はい。それでもまたかぶれのような症状が出たら、医師に相談して下さい」
「そうするよ。ありがとう、ステイシー」
るいすは、穏やかな顔で微笑んだ。
「あ、そうだ。もう一度一包化の機械の試作品を見ていくか?」
話が終わった後、ルイスが思い出したように言った。一包化の機械の試作品は完成しており、今は実用化に向けて色々と調整している最中らしい。
「はい、拝見します」
ステイシーは嬉しそうに答えると、セレストと共に一包化の機械のある場所へと移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます