人生の選択

「……アーロンが王族の血を引いてるって、どういう事?」


 王城の庭。ステイシーが戸惑った表情でアーロンに問い掛ける。


「……先日王城に呼び出された時、言われたんです。俺が……亡くなった王弟、ヘンリー・ウィンベリーの息子だと」


「え……」




 アーロンは、自分の本当の名がアダム・ウィンベリーである事、やむを得ない事情でヘンリー夫婦がアダムを孤児院に預けた事、以前のお茶会でティナがアーロンの正体に気付いた事等を話してくれた。


 ステイシーはまだ信じられない気持ちだったが、アーロンが王族ならば、彼が移動魔法を使えるのも納得できる。




「……本当なのね。あなたが王族だというのは……」


「ええ。だから、お嬢様……ご自分の心に正直になっていいんですよ」


「え?」


「……お嬢様、セオドア殿下と結婚したいんでしょう?セオドア殿下が公爵家に入ってブレット殿下が王位を継いでも、俺がブレット殿下をフォローするから大丈夫ですよ。……と言っても、俺にはまだまだ勉強する事があるので、フォローできるようになるのは数年先になりそうですが」


「アーロン……あなた、薬剤師になりたいんじゃなかったの?」


「確かに、俺は薬剤師になりたいです。でも、薬剤師になる以外の方法でお嬢様やこの国の人々を笑顔にできるなら、それもいいかなって思ったんです」


「……ありがとう、アーロン」


 ステイシーは、穏やかな顔で微笑んだ。




 しばらく沈黙が流れた後、セオドアが口を開いた。


「……ありがとう、アーロン。……ステイシー、僕が公爵家に婿に行けるようになるまで、待っていてくれる?」


「……はい、セオドア殿下。待ってます」


 ステイシーの笑顔を見ると、セオドアはステイシーをギュッと抱き締めた。


「……ステイシー、愛してる」


「私も、セオドア殿下の事を愛してます……」 


 そんな二人を見て、アーロンはそっとその場を離れた。




 そして数日後、ステイシーがいつも通り仕事をしていると、セレストが薬局を訪れた。


「セレストさん、おはようございます」


「おはよう、ステイシー。……アーロンもいるんだな。いや、アダムと言った方が良いか」


「いえ、アーロンで良いですよ。国王陛下からもアーロンと名乗って良いと言われましたし」


 奥から出て来たアーロンが笑顔で言った。彼は今白いシャツに紺色のズボンというラフな格好をしている。アーロンは今日薬局にある私物を引き払って、明日からは王城に住む事になる。




「そうだ、アーロン。君は今日あまり出歩かない方が良いぞ。街は君の話で持ち切りだからな」


「え……」


 十五年前亡くなったと思われたアダムが生きていたという話は、王家から公表された。そしてその事を記事にした新聞が発売されると、大量に売れた。


 なにしろ、孤児院にいた少年が王族だったという小説のような出来事だ。人々の関心を集めないわけがない。


「アダムがアーロンという名で暮らしていたという情報も漏れているからな。君が街を歩いたらもみくちゃにされるぞ」


「はは……教えて頂き、ありがとうございます……」


 アーロンは、引き攣った笑顔で応えた。




「あ、そうそう、それと、ステイシーに伝える事があったんだ」


「何ですか?セレストさん」


「一包化の機械の事だが、昨日試作品が完成したんだ」


「え、本当ですか!?」


 ステイシーは、ぱあっと顔を輝かせた。


「ああ、工場に置いてある。いつ見に行ける?」


「えっと……今日の夕方なら……」


「今すぐ行っておいで、私が留守番してるから」


 調合室から出て来たマージョリーが口を挟んだ。


「先生、ありがとうございます!……セレストさん、早速見に行っても良いですか?」


「ああ、一緒に行こう」


「あ、俺も見に行きたいです!」


 アーロンも勢い良く手を挙げた。


「じゃあ、行こう。薬局の側に馬車を待たせてある」


「はい!」




 希望を胸に、ステイシーはアーロンやセレストと共に走り出した。

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