アニタの妊娠1
エイミスが警察に連行されてから二週間が経った。エイミスは偽造処方箋の件等を自供しているらしい。嫌がらせもほとんど無くなり、薬屋カヴァナーは営業を再開する事になった。
「いよいよ今日から営業再開ですね!」
「そうだね。また頑張らないとね」
ステイシーとマージョリーがそんな会話をしていると、薬局のドアのベルが軽やかに鳴った。
「おはようご……あ、アシュトンさん!!」
ステイシーは、明るい声を出した。アシュトン夫妻は、笑顔で店内に足を踏み入れる。
「おはよう、ステイシーちゃん。久しぶりね」
ルビーがそう言いながら処方箋を差し出す。
「お久しぶりです。……うちにいらして、娘さん夫婦は心配なさいませんか?」
「ええ、新聞にカヴァナーさんの三十年前の事件について書かれているのを読んで、娘夫婦も納得してくれたわ」
「そうですか……」
どうやら、娘さん夫婦はテレンスが話した真実が書かれている記事を読んだらしい。
「というわけで、今日もお薬をお願いするわね」
「はい、少々お待ち下さい」
そう言うと、ステイシーはカウンターの奥に歩き出した。
アシュトン夫妻が帰ってしばらくすると、また店のドアが開いた。
「元気そうだな、ステイシー、カヴァナーさん」
「セレストさん!」
セレストは、ステイシー達の方に近付くと、白い箱をステイシーに渡しながら言った。
「『薬屋カヴァナー』の営業再開おめでとう」
「ありがとうございます。……この箱は?」
「営業再開のお祝いだ。街で評判のお菓子が入っているから、良かったら食べてくれ」
「わっ、本当にありがとうございます!」
ステイシーは箱をカウンターの奥に置いた。ふと振り返ると、セレストが辺りをキョロキョロしている。
「どうかなさいました?セレストさん」
「あの少年……アーロンはいないのか?」
「それが……」
実は昨日、王家からアーロン宛に手紙が届いたのだ。詳しい理由は不明だが、アーロンに城に来て欲しいとの事。それで今日、アーロンは朝から王城に出掛けているのだ。
「そうか、王家が……」
セレストは、少し考え込んだ後、ステイシーに向き直り聞いた。
「ステイシー、アーロンの親はどんな人物なんだ?」
「それが、アーロンは孤児で、親の事は分からないんです」
「孤児ねえ……」
セレストがまた考え込むような表情になった。ステイシーが、何か気になる事でもあるのか聞こうとした時、また店のドアのベルが鳴った。
「こんにち……え?」
店に足を踏み入れた人物を見て、ステイシーは目を見開いた。平民が着るような白いシャツにベージュ色のズボン。しかし、そこにいたのは紛れもなく――ステイシーの元婚約者である第二王子だった。
「ブレット殿下、どうしてここに!?」
ブレットは、無言でステイシーの方に歩いて来ると、深々と頭を下げた。
「頼む、ステイシー、アニタを助けてやってくれ!」
待合室のテーブルを囲んで、ステイシー達はブレットの話を聞く事になった。
「実は……アニタが妊娠したんだ」
「ええっ!!」
まだ正式に結婚していないのにそういう事になってしまったか。
「それで……アニタは妊娠が発覚する数日前に風邪を引いて風邪薬を飲んでいたんだが……それが赤ちゃんに影響しないか心配してるんだ」
「……それなら、王家お抱えの医師や薬剤師に相談してみては?赤ちゃんは王族であるあなたの子なんですから、診てくれると思いますよ?」
「それがだな……」
ブレットの話によると、アニタは王城で結構な我儘を言っていたそうで、使用人やお抱えの医師らに疎まれているそうだ。それで、まずお抱え医師が異国への留学という口実を作って城を離れ、残ったお抱え薬剤師も精神的ストレスと過労で倒れたとの事。
「……アニタは俺の前では品行方正だったから、使用人達にあんなに我儘を言っていたとは思わなかった……」
ブレットが頭を抱える。
「成程。我がはとこ殿の御子息は女を見る目が無かったか」
「おい、しれっとこの場にいるけど、お前は誰だ……って、はとこの息子と言ったか!?」
「ああ、気付かなかったか?夜会に出席した事もあるんだが」
ブレットは、しばらくセレストを見つめた後、大きく目を見開いた。
「ああっ、セレスト・リンドバーグ会長!『水魔法の鬼』と呼ばれた……」
「その二つ名は忘れろ。子供の頃、嫌がらせをしてきた貴族の令息達を水魔法でちょっと懲らしめただけなんだから」
「令息達は結構なダメージを受けたと聞いておりますが!?」
色々と騒がしくなったが、結局ステイシー、ブレット、セレストの三人が馬車で城に向かう事になった。
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