アニタの妊娠2

 王城に着くと、三人はアニタが滞在する部屋を訪れた。ドアをノックして中に入ると、アニタが暗い顔で椅子に座っている。


「ブレット殿下、どちらにいらっしゃったんで……って、ステイシー・オールストン!?」


 アニタは、ステイシーの顔を見ると目を丸くして叫んだ。そして、ハッとすると猫なで声で言った。


「どうしてステイシー様がこちらにいらっしゃるんですか?まさか、また私に意地悪をしようとしているんですか?」


「アニタ、ステイシーは俺が呼んだ。君の体について相談したくて」


 ブレットが言うと、アニタは納得できない様子ながらも言った。


「そう言えば、ステイシー様は薬剤師でしたね……ブレット殿下がそうおっしゃるのなら、相談させて頂きます……」


 何となく、アニタはブレットの前でも少し素を出している気がする。以前は猫を被っていたようだが、彼と家庭を作る自覚が出て来たのだろうか。




 セレストがアニタに自己紹介した後、三人はテーブルを囲んでアニタの話を聞く事にした。


「五日くらい前、風邪を引いたんです。喉の痛みと発熱があって、ブレット殿下に街で薬を買ってきて頂きました。お抱え医師がいなかったので……。薬を飲んだら翌日には良くなったのですが、一昨日何とか街の医師に来てもらって診察を受けたら、妊娠してるって言われて……薬が赤ちゃんに影響しないか、心配になったんです」


 アニタの話を聞き、ステイシーは頷いた。


「成程……ところで、その風邪薬の名前は分かりますか?」


「はい、分かります」


 アニタは立ち上がると、近くの棚にある薬の瓶を持って来た。


「これです」




 瓶のラベルにある字を読むと、ステイシーは穏やかな顔で言った。


「この薬なら大丈夫ですよ。妊娠初期であれば、飲んでも問題ないと言われている薬です。……もっと安全性が高い風邪薬もあるので、今度風邪を引いたら医師に相談してみて下さいね」


 それを聞くと、アニタはホッとしたような表情で言った。


「……ありがとうございます、ステイシー様」




 三人が部屋を後にしようとした時、アニタがステイシーを呼び止めた。


「あの、ステイシー様、少しだけ二人きりでお話がしたいのですが、よろしいでしょうか」


「え?ええ、良いですよ」


 ブレットとセレストは応接室に行く事にし、部屋にはステイシーとアニタの二人だけになった。




「ステイシー様、あの……学園にいる時、濡れ衣を着せてごめんなさい。実は……私、前世の記憶があるの!」


「え……ええっ!!」


 ゲームのヒロインと性格が違い過ぎると思ったが、まさかアニタも転生者だったとは。


「ステイシー様も転生者よね?ゲームと性格が違い過ぎるもの。……最初は生きていく為にヒロインを演じていたけど、学園でブレット殿下に接するうち、本当に好きになってしまったの。それで、ゲームの本筋から外れてステイシー様とブレット殿下が結ばれる事がないように、あなたに濡れ衣を着せたのよ」


「そうだったんですか……」


「猫を被るのは、大変だった……マナーも全然覚えられないし……」


「ああ……」




 アニタによると、ブレットと親密になればなるほど猫を被るのが大変になり、つい使用人にあたってしまったとの事。


 しかし、実際結婚するとなるとブレットに本性を隠すのがとうとう無理になり、少しずつ素を出していっているようだ。




「ブレット殿下は、私の本性に気付いているようだけど、相変わらず私の事を愛して下さってる。あの方は、バ……思慮深くない方だけど、真っ直ぐで、優しい方だわ」


 アニタは、穏やかな顔で微笑んだ。




「だから彼の事を諦められなくてあなたに意地悪して……それなのに、私の相談に乗ってくれて、ありがとう」


 アニタが頭を下げた。ステイシーは、一瞬目を見開いた後、静かに笑って言った。


「いいのよ、もう、いいの……」




 アニタの部屋を後にしたステイシーは、応接室でブレットやセレストと合流した。


「ああ、戻って来たか、ステイシー」


 セレストが声を掛ける。ブレットも、ソファから立ち上がるとステイシーを見て言った。


「ステイシー、今日は、アニタの相談にのってくれてありがとう。それと……学園の卒業式の時、お前を糾弾した事、心から謝罪する」


 そして、ブレットはステイシーに深々と頭を下げた。


「いいんですよ、謝らなくて。私は今の生活が気に入っていますので」


「そう言ってくれると助かるよ……」


 微笑むブレットを見て、ステイシーは思った。彼とアニタには、幸せになって欲しいと。

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