薬局カヴァナーの危機2

 三十年前、マージョリーは王家のお抱え薬師として王城で働いていた。当時王家のお抱え薬師には四十歳以上の大ベテランが就任するのが慣例だったが、当時三十五歳だったマージョリーが抜擢されたのには理由があった。彼女は勤勉で知識が豊富だった上に、平民にしては魔力が高かったのだ。


 マージョリーは王家の多すぎるとも言える要望に応えながら、新薬の研究や後輩の指導をしており大忙しだった。特にマージョリーが目を掛けていたのが、当時二十三歳だったテレンス・ヘイワード。


 彼はとある商家に次男として生まれたが、薬学に興味を持ち、名門の学校を卒業した。そして数年薬局で薬剤師として働いた後、マージョリーの補佐として王城で働く事になったのだ。




「先生、この薬ですが、今陛下が飲んでいらっしゃる心臓の薬と飲み合わせが悪いという文献があります。別の薬に変更した方が良いのではないでしょうか?」


「そうだね、良く気づいた。医師に相談してみよう」


 そんな会話をしながら、マージョリーは彼の事を頼もしく思ったものだ。




 そんなある日、城で感染症が流行し、マージョリー達はいつも以上に大忙しになった。


「テレンス、抗生剤は届いたかい!?」


「はい、でもこのまま飲ませても宰相殿の症状には合わないと思うので、魔法で調合します!」


「頼むよ!」


 マージョリーとテレンスが城内の仕事部屋でバタバタしていると、慌てた様子で部屋に文官が入って来た。


「先生方、また新たな感染者です!今度は、ヘンリー殿下が発熱しました!」


「何だって!?」


 当時十二歳だったヘンリー第二王子は、身体が弱く、早急な対応が必要と思われる。


「次から次へと……テレンス、あんたは宰相殿の薬を調合しておくれ!私はヘンリー殿下の方を担当する!」


「承知致しました!」




 文官が一枚の処方箋をマージョリーに渡す。


「これが医師からの処方箋です」


 マージョリーは、処方箋を見て眉根を寄せた。手書きのその処方箋の文字は、とても読み辛かった。


「この処方箋じゃ薬を用意出来ないよ。処方した医師は今どこにいるんだい?」


「それが……街でも感染症が流行していて人手が足りないという事で、今街に行っているんです」


「何だって!?」




 困った。薬の名前の一部が本当に読めない。しかし、医師に確認している時間は無い。一刻も早くヘンリー殿下に薬を飲ませなければ。どうしようか考えていると、ふと気が付いた。薬の名前の冒頭の三文字は読める。そして、用法も一日一回だと読める。この三文字が冒頭に付き、通常一日一回飲む薬と言うと、一種類しかない。その薬を飲ませるしかないだろう。


「……すぐ薬を用意する」




 そしてマージョリーは、薬を手にヘンリーの寝室を訪れ、薬を飲ませた。しばらく彼の様子を観察していると、始めは苦しそうな表情だったのが落ち着いて来ているようでホッとした。




 仕事部屋に戻りしばらくすると、薬を処方した医師が戻って来たとテレンスから知らせを受けた。念の為医務室に行って医師に処方箋の文字の件を確認すると、医師は目を見開いて言った。


「違う、私が処方したかったのはその薬じゃない!確かに一日一回使う薬はその薬くらいだが、ヘンリー殿下は身体が弱いから、通常一日二回飲む薬を一日一回にしたんだ」




 マージョリーから一気に血の気が引いた。すぐにヘンリーの自室に向かう。幸いにも彼に飲ませた薬は作用が緩やかなものだったので、副作用の症状は出なかった。マージョリーは、医師が処方するつもりだった薬を飲ませ、再び様子を見る。元々自然治癒力で症状が治まってきていたようだが、しばらくすると格段に症状が改善した。マージョリーは、安堵しその場に膝を突いた。




 その後、この医療過誤は城内で問題となった。命に別条が無かったとはいえ、第二王子に間違った薬を飲ませたのだから当然である。


 処方箋を発行した医師とマージョリーの責任が問われ、二人共重い刑罰は免れたものの、罰金を科せられた。そして、医師は王家お抱えの医師の役職を、マージョリーはお抱え薬師の役職を失う事となった。


 その後テレンスにお抱え薬師にならないかという誘いがきたようだが、テレンスは断り、城に足を運ぶ事は無かった。

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