薬局カヴァナーの危機1
ある日の昼、ステイシーは一人クロウ商会の応接室でお茶を飲んでいた。セレストに呼び出されたのだ。
しばらく待っていると、軽いノックの後応接室のドアが開かれ、セレストが部屋に入って来た。
「こんにちは、セレストさん」
「やあ、ステイシー。急に呼び出して済まないね」
セレストは笑顔でそう言ったが、なんだか表情が曇っている。
「……あの、今回はどういったご用で……?」
ステイシーが聞くと、セレストは言いにくそうにしながらも答えた。
「実は、一包化の機械の事なんだが……下手をすると、開発が中止になるかもしれない」
「……え……」
ステイシーは、耳を疑った。つい数日前、セレストからの手紙で、もうすぐ試作品が完成すると知らされたばかりだったからだ。
「あの……どういう事でしょう……?」
「言いにくいんだが……『薬屋カヴァナー』に関する悪い噂が広がり始めていて、業務提携している工場の従業員達が、『薬屋カヴァナー』の依頼であるなら機械を開発したくないと言い出しているんだ」
「悪い噂……?」
全く心当たりが無い。
「セレストさん……一体どういった噂なんでしょう?」
その後セレストから紡がれた言葉を聞いて、ステイシーは大きく目を見開いた。
その日の夕方、薬屋カヴァナーで、カウンターにいたアーロンがマージョリーに話し掛けた。
「カヴァナー先生……思ったんですけど、今日、うちに来る患者さん少な過ぎません?」
カウンターの奥で棚の整理をしていたマージョリーが手を止めて言う。
「そう言えばそうだねえ……患者さんの数そのものが少なくなっているなら、喜ばしい事だけど、少し気になるねえ……」
「お嬢様はクロウ商会に行ったきり帰って来ないし、何かあったんでしょうか……」
そんな事を話していると、店のドアが開いた。中に入って来たのは、ステイシー。
「お帰りなさい、お嬢さ……」
言いかけて、アーロンは目を見開いた。ステイシーが悲痛な表情で俯いているのだ。
「どうなさいました、お嬢様?」
アーロンが聞くと、ステイシーは絞り出すように言った。
「……セレストさんに、一包化の機械の開発が中止になるかもって言われたの。『薬屋カヴァナー』に悪い噂があるからって……」
「悪い噂?」
「ええ……昔、カヴァナー先生は王家お抱えの薬師だったって……それで、三十年前、先生が……先生が……医療過誤を起こしたって……!!」
その言葉を聞いて、マージョリーはハッとした顔になった。
「もちろん、先生は医療過誤……薬の渡し間違いが起こらないよう、細心の注意を払っていたと思う。仮に先生が医療過誤を起こしたとしても、誠実に対応したと信じてる!でも、セレストさんと一緒に工場に行って説明しようとしても、工場長も他の従業員の方達も話を聞いてくれなくて……」
ステイシーの目には涙が浮かんでいた。マージョリーは、そんなステイシーを優しく抱き締めた。
「ステイシー、工場で説明しようとしてくれてありがとう。とりあえず、今日は店を閉めて二階で話をしよう」
「……はい」
ステイシーは、涙を拭きながら返事をした。
店の二階には、スタッフが食事をしたりする休憩室がある。三人は、そこに集まって話をする事にした。
「あの、カヴァナー先生、先生が医療過誤を起こしたというのは本当ですか……?」
アーロンがおずおずと聞くと、マージョリーは目を伏せながら答えた。
「……ああ、本当だよ。あの時は、心に余裕が無くてね……」
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