偽造処方箋2

 仕立て屋に行った数日後、ステイシーが仕事をしていると、薬局に一人の男性が入って来た。白いシャツに茶色いズボンというラフな格好で、髪型は栗色のショートヘア。年齢は二十代くらいだろうか。




「こんにちは」


 ステイシーが声を掛けると、彼はカウンターの方に歩み寄り、彼女に一枚の処方箋を差し出した。


「……この薬をくれ」


 男性は、小さめの声で一言だけ言った。ステイシーは処方箋を見ながら言った。


「こちらの薬局に来られるのは初めてですか?」


「ああ、そうだ」


「初めていらっしゃる方には、問診票のようなものを書いて頂く事になっています。こちらの紙に記入して、書き終えましたら声を掛けて下さい」


 問診票のような薬のアンケート用紙をざっと眺めた男は呟いた。


「……ふうん、名前や住所とかの他に、普段馬車の運転や刃物を使う仕事をしているかとか、生活習慣を書く欄もあるんだな」


「ええ、薬によっては、副作用で眠気が出る可能性もあるので、そういった事もお伺いしています」


「……面倒だけど、まあいいや。薬、頼むよ」




 そう言って、男はアンケート用紙を手に取り、待合室の椅子に腰かけた。ステイシーは処方箋を持って調合室に入ろうとしたが、ふと足を止めた。


「……おい、どうしたんだ」


 椅子に座ったまま男が声を掛ける。ステイシーは、ゆっくりを振り向くと、険しい顔で言った。


「……この処方箋、偽物ですね?」




 待合室に沈黙が流れた。数秒後、男は慌てた様子で叫んだ。


「な、何言ってるんだ。本物に決まってるじゃないか!何を証拠に!?」


 ステイシーは、処方箋を男に示して言った。


「ここ、モーガン医師のサインがありますよね?実は、処方箋の偽造防止の為に、モーガン先生はサインをする時特別なインクを使っているんです。それなのに、この処方箋にはそのインクが使われていない……つまり、この処方箋は偽物だという事です」


「なっ……!?」




 男は、身体をブルブル震わせた後、キッとステイシーを睨みつけた。


「余計な事に気付くんじゃねえよ、この女!!」


 そして男は、懐からナイフを取り出すと、ステイシーに刃を向けた。


「薬を寄越せ!!」


 男が段々ステイシーに近付いて来る。今はアーロンもマージョリーも外出している。ステイシーは助けを呼べない。




 薬を渡すしかないのかと考えていると、不意に男の後ろから声が聞こえた。


「物騒な物を持っているね。でも、僕の大切な人を傷つけたら許さないよ」


 そこにいたのは、セオドアだった。彼は自身の剣を、ナイフを持つ男の首元にピタリと突き付けていたのだ。




「あ……悪かった、助けてくれ」


 男が、震える声で許しを請う。そして、ナイフが床に落ち、金属音が待合室に響いた。




「良かったよ、君が無事で」


 男が警官に連行された後、待合室でセオドアはホッとしたように言った。


「助けて頂きありがとうございます。セオドア殿下がいらして本当に良かったです」


 ステイシーは、深々と頭を下げた。


「いいんだよ、礼なんて。……でも、あの男、どうして偽造処方箋を使ってまで薬を貰おうとしたんだろう?そんなに具合が悪そうにも見えなかったけど」


「ああ……それは、恐らく麻薬の類が欲しかったんだと思います」


「麻薬?」




 実は、今回の偽造処方箋に記載されていた薬は精神安定剤で、使い方によっては麻薬のような作用が現れる。それで、麻薬が欲しかった男は代わりに精神安定剤をもらおうと考え、偽造処方箋を持って来たのだろう。




「あの男、薬物中毒者だったのかな……違法薬物の横行については国の方でも対策を考えないといけないと思っていたし、あの男が他に薬物を入手していないか、詳しく調べてみるよ」


「よろしくお願い致します」




 今回は偽造処方箋のサインがモーガン医師のものだったから偽造を見破れたが、他の薬局で見破れるとは限らない。今度、他の薬局や病院にも偽造処方箋について注意するよう呼びかけた方が良いかもしれない。


 ステイシーは、そう考えながら拳をぎゅっと握り締めた。


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