偽造処方箋1
王城での夜会まで、あと約一ケ月となった。そんなある日の朝、薬局を訪れたセオドアが言った。
「ねえ、ステイシー。夜会で着るドレスはもう決まってる?」
カウンターで書類の整理をしていたステイシーは、少し申し訳なさそうな顔で言った。
「……いえ。実家にあるドレスの中から選ぼうと思っているのですが、まだ……」
セオドアの隣に並ぶのだから、それなりの恰好をしたいとは思っているが、まだドレスは決まっていない。
「じゃあ、緑色のドレスは持ってる?」
「緑色……?」
緑色というと、セオドアの瞳の色ではないか。男性の瞳の色のドレスなんて着たら、それこそ恋人のようだ。
「……緑色のドレスは持っていませんが……」
「じゃあ、ドレスを仕立てに行こう。早くて腕の良い仕立て屋を知ってるんだ」
「……でも、私、代金を払える程お金が溜まっていないんですけど……」
「いいよ。代金は僕が払うから」
「え、そんな、悪いですよ」
「僕の我儘で君に緑色のドレスを着てもらうんだから、それくらいさせてよ」
「……では、よろしくお願い致します……」
そんな二人の会話を、アーロンが面白くなさそうな顔で聞いていたが、ステイシーはそんな事を知る由もない。
翌日の昼、ステイシーとセオドアは早速馬車に乗って仕立て屋へと向かった。セオドアとはそれなりに長い付き合いだが、二人で出かけるのは初めてだ。ステイシーは緊張して、隣に座るセオドアの顔をまともに見られない。
しばらくしてステイシーが馬車の隙間から外を覗くと、警官らしき男達が数人大通りを歩いているのが見えた。
「随分と警官が多いですね。何かあったんでしょうか?」
「ああ……実は、最近この辺りで違法薬物の取引が横行しているらしくて、警官が見回りを強化しているんだ」
「そうなんですか……」
前世で言うところのマフィアのような犯罪組織が活動しているらしい。前世もこの世界も物騒だ。
やがて仕立て屋に到着し、ステイシーとセオドアは店内に足を踏み入れた。店内は広く、カウンターの側に平民用の素敵な服が沢山並んでいた。
「あら、セオドア殿下、お久しぶりです」
恰幅の良い金髪の中年女性が笑顔でセオドアに話し掛ける。
「お久しぶりです、スミス夫人。お元気でしたか?」
セオドアも笑顔で応える。
「ええ、元気にやってますよ。……そちらのお嬢さんは?」
スミス夫人と呼ばれた女性がステイシーの方に顔を向けた。
「彼女はステイシー・オールストン。薬剤師なんだ。今度、夜会で僕のパートナーになってもらう予定だから、彼女にドレスを仕立てて欲しいんだ」
「まあ、こんな可愛らしい方の服を仕立てる事が出来るなんて光栄です。ステイシーさん、よろしくお願いしますね」
「あ、よろしくお願い致します」
ステイシーは、慌てて頭を下げた。
それからステイシーは、試着室でスミス夫人に体のサイズを測られる事となった。
「ステイシーさんは、セオドア殿下の恋人なんですか?」
試着室で急にスミス夫人に聞かれ、ステイシーはしどろもどろになって答えた。
「ち、違います!……実は、私、ブレット殿下の元婚約者だったんです。だから、セオドア殿下は私が婚約破棄された後も私の事を家族のように思ってくれてるんだと思います……」
「そうでしょうかねえ……先程、セオドア殿下が緑色のドレスにして欲しいとおっしゃっていましたが、それって……」
「……」
確かに相手の瞳の色のドレスを着るのは恋人が多いが、全員が全員当てはまるわけではない。ステイシーは、まだ自分がセオドアに愛されている自信が無かった。
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