夜会1

 とうとう、夜会の日がやって来た。その日の夕方、薬局のドアのベルが軽やかに鳴ったかと思うと、セオドアが入って来た。


「こんばんは、アーロン。ステイシーはいるかな?」


 セオドアが笑顔で聞くと、アーロンは面白くなさそうな表情で言った。


「……ええ、いますよ。呼んできます」




 アーロンがカウンターの奥から二階に上がると、しばらくしてステイシーが下りてきた。


「お待たせしました、セオドア殿下!!」


 慌てた様子でそう言うステイシーを見て、セオドアは目を見開いた。シンプルだが彼女のスタイルの良さを引き立てる緑色のドレス。アップにした金髪。口紅を塗った事で引き立つ白い肌。いつにもまして、ステイシーは美しかった。




「……あの、どうかなさいましたか?殿下」


 ステイシーが首を傾げて聞くと、セオドアはハッとした様子で応えた。


「いや……そのドレス、良く似合ってるよ」


「ありがとうございます……」


 ステイシーは、顔を赤くして俯いた。


「じゃあ、行こうか」


 セオドアが手を差し出すと、ステイシーは笑顔で自分の手を重ねて言った。


「はい、今日はよろしくお願い致します」




 会場に入ると、既に大勢の貴族や商人が話に花を咲かせていた。ステイシーの手を取りながら歩くセオドアを見て、皆がざわつく。


「まあ、セオドア殿下よ」


「いつ拝見しても素敵ね」


「……ねえ、隣にいるのって……」


「オールストン家のステイシー様じゃないか。平民落ちしたと聞いていたが……」


「何でも、お仕事で活躍されているから招待されたとか……」


「でも、それにしてもセオドア殿下と親し気では?」


「ブレット殿下に婚約破棄されたばかりなのに……」




 色々な声が聞こえるが、ステイシーは気にしない。貴族に戻るわけでもないので、貴族の間の評判を気にする必要は無いのだ。




「あ、このローストビーフ美味しそう」


「好きなだけ食べてね」


 ステイシーとセオドアが、会場に並んだ料理を見てそんな会話をしていると、不意に声を掛けられた。


「やあ、兄さん」


「こんばんは、セオドア殿下ー」


 ブレットとアニタである。ブレットは、セオドアの側にいるステイシーを見ると、眉根を寄せて言った。


「何だ、ステイシーじゃないか。俺との結婚が駄目になったから兄さんに色目を使ってるのか?相変わらず悪い女だな」


 すると、アニタも口を挟む。


「そうですよお。セオドア殿下はステイシー様に騙されてるんですう。ステイシー様のエスコートなんかやめて、こちらで一緒にお食事しましょうよお」


 セオドアは、笑顔を張り付けているが怖いオーラを放っている。




「……お気遣いありがとう。でも、僕はステイシーに騙されたりしないから大丈夫。ステイシー、あちらに飲み物があるよ。一緒に行こう」


「あ、はい。……それではブレット殿下、アニタ様、失礼致します」


 ステイシーは、セオドアのオーラに戸惑いながらも、ブレット達に頭を下げてセオドアの後に続いた。




「あの……セオドア殿下、殿下のおかげで必要以上にブレット殿下とお話せずに済みました。ありがとうございます」


 ステイシーが礼を言うと、セオドアは真顔で言った。


「いいんだよ。僕がステイシーの悪口を聞きたくなかっただけだから」


「はあ……」


 そんな会話をしていると、会場内に音楽が流れ始めた。




「音楽が流れ始めたね。……ステイシー、ダンスしようか」


「え……ファーストダンスの相手が私でいいんですか?」


「うん、ステイシーがいいんだ」


 男性のファーストダンスの相手は恋人か妻と決まっている。本当に相手が自分でいいのかと思ったが、素直に応えた。


「……私で良ければ、是非」




 そして、セオドアとステイシーは踊り始めた。ステイシーはしばらくダンスなどしていなかったので、上手く踊れるか心配だったが、セオドアのリードが上手いので楽しく踊る事が出来た。


 ちらりとセオドアの顔を見ると、彼の優しい瞳が自分を見つめていて、ときめいてしまう。夢のような時間が流れていった。

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