薬の保管法1

 ある日の朝、『薬屋カヴァナー』のドアが軽やかに鳴ったかと思うと、意外な人物が店に入って来た。


「おはようございます……あ、セレストさん」


 店に入って来たのは、黒いロングコートを着たセレスト・リンドバーグだった。


「おはよう、ステイシー」


「どうしたんですか?セレストさんの方からこちらに来るのは珍しいですね」


「うん、ちょっと相談があってな」


 ステイシーは、セレストと共に待合室の椅子に座り、彼女の話を聞く事にした。




「薬が効かない?」


「ああ、君達は、以前鉱山で治療の手伝いをしただろう?あそこの現場監督はいつも薬を飲んでいるんだが、最近その薬があまり効かなくなったらしい。本人には痛みもあるようでな。鉱山の近くの治療院で診てもらっているんだが、さっぱり良くならなくて困っているらしい。それで、薬物治療の観点から何かアドバイスを貰えないかと思ってな」


 痛みがあるのなら辛いだろう。なんとかしてあげたい。


「……分かりました。明日、鉱山に伺います」


「ありがとう。……あの鉱山の現場監督には世話になっているんだ。よろしく頼む」


 そう言って、セレストは深々と頭を下げた。




 翌朝、ステイシー、セレスト、アーロンの三人は、アーロンの転移魔法で鉱山に到着した。山小屋に入ると、三十代くらいの女性が出迎えた。


「おはようございます……ああ、以前いらしていた薬剤師さん。あの時は、ありがとうございました!」


 女性がステイシーに頭を下げる。長い金髪を一本の三つ編みにまとめたその女性には、見覚えがあった。以前ステイシーが子供への薬の飲ませ方を教えた女性だ。


「おはようございます。本日はよろしくお願い致します」


「こちらこそ、よろしくお願い致します。主人の治療について話を聞いて頂けるとの事で、ありがとうございます」




 女性は、アデラ・クロークというらしい。彼女はセレストとは顔見知りらしく、しばらくセレストと雑談をしていた。


 やがて、大きな音を立てて山小屋のドアが開き、一人の男性が入って来た。


「アデラ、帰ったぞ……って、もうお客様が到着していたのか。リンドバーグ会長に……以前いらした薬剤師さん達。おはようございます」


 茶色い短髪の男性は、体格が良く顔つきが恐いが、意外と丁寧な挨拶をしてくれた。


「改めまして、ステイシー・オールストンと申します。本日は、よろしくお願い致します」


 ステイシーが頭を下げると、男性も慌てて自己紹介した。


「ダリル・クロークと申します。一応、ここで仕事をしている連中のリーダーを務めております。よろしくお願い致します」




 早速、小屋の一番広い部屋で話を聞く事になった。


「これが、俺の飲んでいる薬です」


ダリルが、自分の飲んでいる薬の瓶をテーブルの上に置いた。ステイシーは、その瓶を手に取ってラベルをじっと見つめる。


「うーん、この薬は耐性が出来るようなものでも無いし、どうして効果が出なくなったんでしょうね……?」


 耐性とは、薬を飲み続ける内に以前と同じ量では効かなくなってくる事である。




「用法は守っていらっしゃいますか?」


「はい、医師に言われた通り、きちんと一日二回飲んでいます」


 ステイシーの問いに、ダリルは力強く頷いた。




「薬が欠陥品という事は?」


 アーロンが口を挟んだ。ステイシーは、ラベルを眺めながら首を傾げる。


「否定は出来ないけど、この薬を製造している会社は老舗よ。自社ブランドの名前を傷つけるような杜撰な製造管理をするかしら……」




 小屋の中に沈黙が流れる。外は暑く、小屋に冷房などは無いので、ステイシーの顔に汗が滲む。


「あの、水しかお出し出来ませんが、どうぞ」


 アデラが、水の入ったグラスをステイシー達の前に置いた。水は、少し温かった。


 日陰に置いてあったとはいえ、冷蔵庫が無いこの世界では水が温くなるのも仕方ないと思いながらステイシーは水を口にした。そして、次の瞬間目を見開いた。


「あの、ダリルさん、薬はいつもどこに保管していましたか?」


 勢いよく尋ねたステイシーに困惑しながら、ダリルは答えた。


「の、飲み忘れないように、目に付く所に置いてあります。そこのドアの近くの棚です」


 ダリルの指さした先には、木製の茶色い棚があった、そして、そこには窓から日差しが降り注いでいた。


「……そういう事だったのね……」

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