飲めない理由4
その後もさりげなくティナの生活習慣を聞き出していったステイシーだが、まだ飲み忘れの原因は分からない。
「でも、あなた痩せたわねえ。以前はもっとふくよかだったのに」
マデリンが言うと、ティナは苦笑した。
「以前の事は言わないで下さい。……まあ、最近食事の量を減らしているのは本当ですけど。でも、今飲んでいる糖尿病の薬は、一日三回『食前』ではなく『食直前』に飲む薬らしくて、食事を抜くのは駄目らしいから気をつけているんですよ」
ティナのその言葉を聞いて、ステイシーはティーカップを口に運ぶ手を止めた。
「……あの、ティナ様、もしよろしければ、今飲んでいらっしゃる薬の名前を教えて頂けないでしょうか?」
「……ええ、構いませんよ」
ティナが薬の名前を告げると、ステイシーは「ありがとうございます」と言って考え込んでしまった。
ティナは、そんなステイシーの様子を不安そうに見ていたが、「少し失礼します」と言って席を立った。お腹を押さえているところを見ると、用を足しに行っているのだろう。
席に戻って来たティナに、ステイシーは言った。
「ティナ様、二人きりでお話したい事があるのですが、よろしいでしょうか」
それから約一か月後、夕方の薬局にはステイシーとマージョリーの二人だけがいた。
「それで、ティナ様の様子はどうなんだい?」
マージョリーが調合室で薬品の整理をしながら言うと、側にいたステイシーは笑顔で答えた。
「薬を変更してからは、大丈夫みたいですよ」
「そうかい、それは良かった」
実は、ティナは薬を飲み忘れていたのではなく、わざと飲まなかったのだ。それは、薬の副作用が出るのを嫌がったから。
ティナが飲んでいた糖尿病の薬には、個人差はあるが……おならが出やすくなる副作用がある。人前でその副作用が現れるのを恥ずかしがって、ティナは薬を飲むのをやめていたようだ。
お茶会の後二人きりでティナと話をしたステイシーは事情を聞き、医師に相談して薬を変更してもらうようアドバイスしたのだ。
医師に薬を変更してもらった後は、副作用は現れていないようだ。
「こんばんは。ステイシー」
軽やかなベルの音が鳴り、店内にセオドアが入って来た。
「こんばんは、殿下。こんな時間にいらっしゃるなんて珍しいですね」
「公務で遠出をしていて、城に戻る途中なんだ。今日、オリバー夫人に会ったけど、君にありがとうと伝えてくれと言われたよ。……それと、もし君が爵位を取り戻したいなら、協力するとも言っていた」
「まあ……」
「もし気が向いたら僕に相談してよ。オリバー夫人の他にも君の名誉回復に協力してくれる貴族はいるはずだから」
「ありがとうございます、セオドア殿下」
セオドアが薬局を後にすると、マージョリーが口を開いた。
「……ステイシー、あんた、貴族に戻りたいかい?」
「え?いえ。私は、今の暮らしが気に入っていますから。両親と会えなくなるわけでもありませんし」
「……そうかい」
「じゃあ、私、二階の掃除をしてきますね」
そう言って、ステイシーは調合室を出て行った。一人になると、マージョリーはぼそりと呟いた。
「……弟子の名誉回復を寂しく思うなんて、師匠失格だね」
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