飲めない理由1

 ある日の朝、いつものようにセオドアが『薬屋カヴァナー』を訪れた。


「おはよう、ステイシー、カヴァナーさん……ついでにアーロン」


「何故俺だけついでなんですか?」


「冗談だよ」


セオドアは笑って言ったが、少し浮かない顔をしていた。


「どうなさいました、セオドア殿下?」


 ステイシーが、心配そうにカウンター越しに声を掛ける。


「……実は、父上と仲が良い公爵家の夫人が病気で薬を飲んでいるんだけど、どうも頻繁に薬を飲み忘れるようなんだ」




 セオドアの話によると、昨日の昼、セオドア、ブレット、ブレットの婚約者であるアニタ、王妃であるマデリン・ウィンベリー、公爵家のオリバー夫妻の六人でお茶会をしたらしい。


「まあ、そちらがブレット殿下の新しい婚約者のアニタ・ウォルターズ男爵令嬢?可愛らしい方ね。私、北の方に領地を賜っておりますアドルフ・オリバーの妻で、ティナと申します」


「アニタ・ウォルターズと申します。よろしくお願い致しますー」




 アニタが笑顔で言うが、セオドアは内心冷や汗をかいていた。この国では、お茶会で格上の家柄の者に会ったら、自分が席に着く前に相手に挨拶しカーテシーをするのがマナーである。そして、第二王子と婚約しているとはいえ、アニタはまだ男爵令嬢である。


 それなのに、アニタはティナより先に席に着き、軽い会釈だけで済ませている。第一王子の婚約者ではないとはいえ、淑女教育は受けているはずなのだが……。きっと、ステイシーなら華麗にカーテシーをしてみせるだろう。人と比べるのは良くないと思うが、はやりアニタは王族に相応しくないと思ってしまう。


 まあ、アニタが失礼な事をしても気付かず席に着くブレットもどうかと思うが。




 一通り挨拶が終わると、丸いテーブルにお茶やお菓子が運ばれてきた。


「あ……マデリン様、私甘いものは……」


 ティナが、テーブルに置かれた小さく丸いケーキを見て遠慮がちに言った。


「大丈夫よ。これは、うちのシェフに開発させたケーキで、糖分を少なめにしてあるの。でも、しっかりと甘みは感じるわよ」


 マデリンが、笑顔で言った。




「失礼ですが、ティナ様は甘いものが苦手なのですか?」


 セオドアが聞くと、ティナは眉尻を下げて言った。


「いいえ、甘いものは大好きです。でも、私は糖尿病で、医師から砂糖、その他炭水化物を少し控えるよう言われていますので……」


「そうでしたか……」


 甘いものが好きなのに控えなければいけないのは辛いだろう。


「ティナ様可哀そう……」


 早速ケーキを口にしたアニタが、憐れみを込めた表情で言う。


「アニタは優しいな」


 ブレットが、ニコニコしながらケーキを口に運ぶ。




「妻は食生活にも気を使っていますし、運動もしているのですが、一つ困った事がありまして……」


 夫のアドルフが言うと、ティナは「あなた……」と少し困ったような声を出した。あまり皆に話して欲しくないらしい。


「実は、妻は今糖尿病の薬を飲んでいるのですが、頻繁に薬を飲み忘れるのです」


「あら、そうなの?」


 マデリンが目を丸くする。


「はい。最初の二か月くらいはきちんと飲めていたのですが、徐々に飲み忘れが増えていって……妻も気をつけているようなのですが、飲み忘れが減らず、どうしたものかと……」


「あなたがそんなに物事を忘れるなんて珍しいわね……あなたは私の大切な親友なんだから、健康に気をつけてね」


 マデリンが、真剣な目でティナを見つめた。


「はい、気をつけます……」


 ティナは、しゅんとした顔で頷いた。


 その顔を見ながら、セオドアは思った。今度、ステイシーに相談してみようと。

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