処方カスケード

 ある日の昼、軽やかなベルの音と共に『薬屋カヴァナー』のドアが開かれた。店内に入って来たのは、以前から薬局に通っている銀行員のエイベル氏。


「こんにちは、エイベルさん」


「こんにちは、ステイシー」


 挨拶を交わすと、エイベル氏は処方箋を差し出した。


「今日も頼むよ」


「はい、お掛けになってお待ち下さい」




 薬を用意して声を掛けると、エイベル氏がカウンターまで薬を受け取りに来た。


「今日は前回と同じ薬ですが、体調とかお変わりはないですか?」


 ステイシーが聞くと、エイベル氏は思い出したように言った。


「そう言えば、最近眩暈がして、薬局で眩暈の薬をもらったんだよ。その時は忙しかったから、いつもと違う病院を受診して、そこの側にある薬局で薬をもらったんだけど」


「眩暈……ですか。眩暈が出始めたのは、具体的にはいつ頃からですか?」


「うーん、二週間くらい前からかな……」


「そうですか……すみません、もう少しお掛けになってお待ちいただいてよろしいですか?」


「ああ、分かった」




 ステイシーは、難しい顔をしてカウンターの奥に戻っていった。


「どうしたんですか、お嬢様?」


 カウンターの奥を整理していたアーロンが聞くと、ステイシーは言った。


「……もしかしたら、眩暈の原因は、エイベルさんが最近飲み始めた血圧を下げる薬かもしれない」


「え、この薬局でお渡ししている血圧の薬ですか?」


「ええ、血圧が下がり過ぎると、眩暈の症状が出る事があるから……」


「どうするんですか?」


「この血圧の薬を処方しているモーガン先生に許可を取って、薬の成分量を減らしましょう」


「あ、じゃあ、僕が転移魔法でモーガン先生に言ってきますよ」


「ありがとう」


 今、丁度マージョリーが不在で、ステイシーが留守にするわけにはいかない。




 転移魔法で治療院に行ったアーロンは、すぐに戻って来た。


「お嬢様、モーガン先生が、薬の量を半分にして良いとおっしゃっていました」


「わかったわ」


 そして、半分の成分量の薬を用意し、無事エイベル氏に渡す事が出来た。




「そんな事があったのかい……」


 夕方近くに薬局に戻って来たマージョリーは、腕組みをして呟いた。今、ステイシー達三人は調合室に集まっている。


「ええ……エイベルさんが眩暈の事を話してくれなかったら、私は前回と同じ量の血圧の薬を渡すところでした……眩暈の原因が薬だと決めつけるわけでは無いですけど……」


 ステイシーが、真剣な顔で応えた。




「眩暈の薬を処方した医師や、その薬を渡した薬局は、エイベルさんが血圧の薬を飲んでいる事を知らなかったんでしょうか?」


 アーロンが首を傾げる。


「さあ……でも、エイベルさんはその時急いでいたと言っていたから、きちんと医師に話していなかったのかもしれないわね……」


 しばらく考え込んだ後、ステイシーは続けて言った。


「もし向こうの病院や薬局が、こちらの薬局で血圧の薬を渡している事を知っていれば、もっと早く対処できたかもしれない。これからは、病院や他の薬局と、患者さんの情報を共有できるようにした方が良いのかもしれないですね……」


 


 患者さんの為に、出来るだけの事をしたい。そう思いながら、ステイシーは膝の上で両手を握り締めた。

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