お薬手帳1
「今日は平和ねえ……」
ある日の午後、ステイシーは調合室の掃除をしながら呟いた。今日は患者さんが少なく、トラブルも無い。
「患者さんが少ないですからね。もしかしたら、最近この近くに店舗を構えた薬局に、患者さんが流れていっているのかもしれないですね……」
薬学の本を読んでいたアーロンが応える。
「僕としては、ステイシーと話す時間が増えて嬉しいけれど、薬局の経営を考えると一概に喜んでもいられないね」
何故か調合室にいるセオドアも口を挟んだ。
「以前にも同じような事を言ったと思いますが……セオドア殿下、どうしてここにいるんです?」
「ステイシーが魅力的だから」
「いや、ここに入り浸っている時間があるのかという意味なのですが」
アーロンとセオドアのやり取りを、ステイシーはハラハラした様子で眺めていた。
「ステイシー、あんたも大変だね……」
マージョリーが、同情するような顔で呟いた。
しばらく穏やかな時間が流れていたが、急に店のドアが勢いよく開かれた。
「薬剤師さん達、助けてくれ!!」
駆け込んできたのは、軍服を着た青年。金髪のその青年は息を切らしており、切迫した状態だという事が見て取れた。
「どうしたんだい?」
マージョリーが聞くと、その兵士は苦しげに息をしながら答えた。
「……隣町に魔物が出没して、軍が対応して、いるんだが……なかなか手強い奴で……一般市民が近くの教会に大勢避難している。それで、ボランティアで……医師が診察をしているんだが、一般市民の他にも怪我をした兵士の治療もしなければいけなくて、人手が足りないみたいなんだ。医師の手伝いをしてくれないか……?」
隣町がそんな非常事態になっているとは知らなかった。
「先生、どうしましょう?」
ステイシーが聞くと、マージョリーは凛とした声で言った。
「どうせ患者さんも少ないし、今日はもう薬局を閉めて、手伝いに行くよ!」
「はい!」
「はい、先生!!」
ステイシーとアーロンは、力強く応えた。
それから兵士と薬局のメンバーとセオドアは、馬車で教会へ向かった。セオドアが第一王子だと知った兵士は驚いていたが、教会に着く頃には、セオドアの優しく気さくな性格を理解したようだ。
馬車を降り、教会に入ると、そこには大勢の人が詰めかけていた。多くは避難している一般人だが、怪我をしている兵士もいるらしく、医療従事者が慌ただしく動き回っている。ステイシーは、その中に見知った顔があるのに気付いた。
「モーガン先生!!」
「……ん?ステイシー達もここに来ていたのか」
そう言って振り返ったのは、眼鏡を掛けた高齢男性。紛れもなく、薬屋カヴァナーの側で治療院を経営するグレン・モーガンだった。
「魔物が出没して大変なようなので、治療の手伝いに来たんです」
「そうか、人手が足りないから助かる。早速だが、怪我をしている兵士に使う消毒薬を調合してくれ。道具は……ほら、この広間の隅に置いてある」
モーガンが指さした先には、医療用具が沢山置かれている木製の机があった。
「よし、ステイシー、あんたは私と一緒に消毒液を作っておくれ。アーロン、あんたは完成した消毒液を医師や看護師に渡しに行くんだ」
「分かりました!」
マージョリーが指示を飛ばすと、ステイシーとアーロンは元気よく返事をした。
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