薬の開発2

「飲み忘れを防ぐ方法か……難しいねえ……」


 マージョリーが呟いた。アシュトン夫妻が帰った後、ステイシー達三人は調合室で話し合っている。


「そうですね……食事の時間が毎日違うとなると、食事に合わせて薬を飲むのは難しいですね……」


 ステイシーも口を開き、その後沈黙が流れる。


「起床時間とか、夜ベッドに入る時間なら、毎日同じだと思うんですけどね……」


 アーロンがそう呟くと、ステイシーは目を見開いた。


「……そうよ、それだわ!」


 ステイシーの大声に、マージョリーとアーロンはビクリと体を震わせた。ステイシーは、マージョリーの方に向き直ると、真剣な顔で言った。


「先生、協力して頂きたい事があります」




 それから、ステイシーは毎日夜遅くまで調合室で色々な薬の調合を試していた。ステイシーが呪文を唱えると、薬を入れた小さな釜の上に魔法陣が浮かび、釜の中の液体が色を変える。その液体を少量ピペットで吸い上げ、試験管に移す。試験管の中に数滴試薬を入れると、液体の色は乳白色から黒になった。


「……これもダメね」


 ステイシーは、小さく溜息を吐く。マージョリーに高度な薬の調合法を教わり、毎日ある薬を作れないか試しているのだが、うまくいかない。




「……お嬢様、まだ起きていらしたんですか?」


 いつの間にか調合室に入って来たアーロンが、眉根を寄せながら声を掛ける。アーロンも、住み込みで働いているのだ。


「あら、アーロン。ごめんなさい、起こしちゃったかしら」


「それは良いんですが……根を詰めすぎですよ。明日も仕事なんですから、早めに休んで下さいね」


「ありがとう……道具を片付けたら寝るわ」


 アーロンは、疲れた様子のステイシーを見つめて言った。


「……お嬢様、どうしてそこまで患者さんの為に頑張れるんですか?」


 ステイシーは、目を瞬かせた後、穏やかな笑みを浮かべて言った。


「……人の役に立てる事が嬉しい事だって気付いたから……かしら」




 ある日、当時九歳だったステイシーは、自室で悩んでいた。


 悪役令嬢に転生した自分は、将来婚約破棄されるかもしれない。そして、断罪されれば平民として生きて行かなくてはならない。何の仕事をしよう。やはり、前世で薬剤師だったからこの世界でも薬剤師になろうか。うん、そうしよう。そうだ、今の内に平民の生活を知っておくのもいいかもしれない。明日は家庭教師も来ない日だし、お忍びで街に出掛けてみよう。


 ステイシーは、満足そうに頷くとベッドに横になった。




 翌朝、ステイシーは平民の服装で街に繰り出した。ゲームで見た背景と同じような風景が広がり、心が躍る。しかし、本来の目的を忘れたわけでは無い。少し市場を見て回ったら、薬局を探して、どういう風に仕事をしているのか教えてもらうつもりだ。


 市場には、見た事も無い果物や野菜、雑貨が並んでいた。おいしそうな果物を一つ買って食べると、とても甘くておいしかった。




 果物の余韻に浸りながら歩いていると、前方がなにやら騒がしいのに気付いた。


「今医者を呼んでもらっているから、頑張れ!!」


 男性の大きな声が聞こえる。よく見てみると、六十代くらいの女性が道で蹲っており、彼女の背中を同じ位の年代の男性がさすっている。夫婦だろうか。遠巻きに野次馬が何人か心配そうに二人を見ている。


「あの……どうしたんですか?」


 ステイシーが野次馬の一人におずおずと話しかけると、話しかけられた青年は親切に教えてくれた。


「あの女性が急に心臓の発作を起こしたらしくてね。居合わせた人が医者を呼びに行っているんだ。彼女、発作に効く薬を持ち歩いているようなんだけど、他の薬も一緒に持って来てしまったらしくて、旦那さんもどれが発作の薬か分からないみたいなんだ。医者を連れて来るのに時間が掛かりそうだし、心配だよ……」


「そんな……!!」


 もう一度夫婦の方を見ると、旦那さんが鞄から薬の瓶を三つほど取り出して見比べている。何とかしてあげたいが、ステイシーはこの世界の薬について何も知らない。


「あの、この辺りに薬剤師とか、薬の事がわかる方はいらっしゃらないんですか?」


「うーん、そこの角を曲がれば薬局があるけど、あそこの店主は……」


「ありがとうございます!」


 ステイシーは、青年の話を最後まで聞かず走り出した。


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