薬の開発3
角を曲がると、白い壁に赤茶色の屋根の建物が見えた。木製のプレートには、『薬屋カヴァナー』の文字が彫られている。ステイシーは、店の前まで来ると勢い良くドアを開けた。
「あの、薬剤師さんいますか?苦しんでる人がいて、薬について教えてもらいたいんです!」
誰もいない店内でステイシーが叫ぶ。すると、奥から鋭い目つきの老人が出てきた。黒いワンピースを着ていて、まるで絵本に出て来る魔女のようだった。
「……私が薬剤師だが、苦しんでる人がいるって?」
「はい、そうなんです!」
ステイシーは、掻い摘んで事情を説明すると、薬剤師の腕を掴んだ。
「お願いです、一緒に来て、心臓の発作の薬がどれか教えて下さい!」
「……役に立てるかどうかわからないが、行ってみよう」
こうして、ステイシーと薬剤師は発作を起こしている女性の元へと駆けて行った。
先程の場所まで来ると、女性はまだ蹲っていた。医者はまだ来ていないらしい。
「あれ、あんたカヴァナーさん?」
ステイシーに事情を教えてくれた青年が目を丸くする。
「この子に発作を起こしている人がいるって聞いてね。来てみたんだ。……あんた、このご婦人の夫かい?」
カヴァナーと呼ばれた薬剤師が、奥さんの背中をさすっていた旦那さんの方に向き直って聞いた。
「ええ、そうです……」
「薬、見せてみな」
薬剤師は薬の瓶を受け取ってラベルを見ると、すぐに言った。
「この白い錠剤が発作の薬だね。飲ませておやり。瓶に入れた水を持って来た」
薬剤師が水の入った瓶を渡すと、旦那さんは奥さんに薬を飲ませた。しばらくすると、奥さんの発作は落ち着いたようだ。
「あの……発作、治まったみたいです。ありがとうございました」
奥さんが、薬剤師に礼を言う。
「礼なら、私を連れて来たこの子や、医者を呼びに行ってくれたっていう人に言いな」
薬剤師が、ステイシーを見て言った。
「ありがとうね、お嬢ちゃん」
奥さんが笑顔で言う。ステイシーは、「いえ、大した事はしてないですから」と言って笑った。
「それにしても、カヴァナーさんって親切だったんだなあ。いつも鋭い目つきで俺達を睨んでるみたいだったし、お葬式の時に着るような黒い服を着ているし、話しかけにくかったんだよ」
「私を何だと思ってたんだい」
青年と薬剤師が和やかな様子で会話している。ステイシーは、薬剤師に声を掛けた。
「あの、あなたのお名前は……?」
「私かい?私は……マージョリー・カヴァナー。これでも、あの薬局の店主だよ」
薬剤師――マージョリーは、優しい笑顔で微笑んだ。その笑顔を見て、ステイシーは目を瞠った。そして、思った。この人のような薬剤師になりたい。先程までは、自分が生きていく為に薬剤師になろうと思っていたけど、今は、患者さんの笑顔の為に薬剤師になりたい。
「それから、私は毎日のように『薬屋カヴァナー』に通って、カヴァナー先生に弟子にしてくれるよう頼んだの。先生は最初渋っていたけど、その内私のしつこさに根負けして、修業させてくれる事になったのよ」
「へえ……そんな事が……」
アーロンは、腕組みをしながら呟いた。
「だから、私は初心を忘れず、患者さんの為にこの薬の開発も頑張りたいの」
「……そういう事でしたら、応援します。でも、くれぐれも無理しないで下さいね」
「ありがとう、アーロン」
ステイシーは、穏やかな顔で微笑んだ。
その二週間後、また薬局にアシュトン夫妻が姿を現した。
「こんにちは、ステイシー」
「こんにちは、アシュトンさん」
ルビーとステイシーが挨拶を交わすと、コーディが「今回も薬を頼むよ」と言って処方箋を差し出した。
「そう言えば、今回は薬が少し変わるってモーガン先生から聞いているけど、どういう風に変わったの?」
ルビーが首を傾げる。
「以前から薬を飲み忘れるとおっしゃっていましたが、あれから薬を一種類改良しまして、一日一回、寝る前だけ飲めば良い薬になりました」
「まあ、以前は一日三回飲まないといけなかったのに!」
ルビーが驚いて言う。実は、ステイシーは体内でゆっくり吸収される薬を調合する事に成功し、一日一回の服用で良くなったのだ。モーガン医師にも報告し、処方箋を今回から変更するよう頼んであった。
「食事にも影響されない薬なので、食事をしたかどうかに関わらず飲んで大丈夫ですよ」
「それは嬉しいな」
コーディも喜んでいるようだ。
「ありがとう、ステイシー。助かるわ」
「いえ、これも私達薬剤師の仕事ですから」
ステイシーは、笑顔でルビーに応えた。その様子を、アーロンとマージョリーは微笑んで見詰めていた。
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