第6話 出逢いは突然に
「貴様が攫った『神子』をこちらへ渡してもらうぞ。従わなければ……斬る」
待て待て待て待て!
「待ってくれ!俺はそんなことやっていないぞ? だいたい『神子』ってなんだよ! 聞いたことも――」
「従わなければ斬る」
「っ……」
目の前の騎士は俺の言い分などは聞く耳を貸さないといわんばかりに、俺に対して刃をさらに近づける。
説得は無理そうだよな……
ただこのままだと本当に斬られそうだし、かと言って『神子』とかいう存在を俺は知らない。
抵抗してみてもいいがコイツたぶん結構強いよな……
たとえこの場を切り抜けたとしても、この国の騎士団は執念深いことで有名だし、地の果てまで追ってくる可能性も……
あれ? 俺詰んでる?
まずいな……
せっかく異世界に来たのにこんなとこで冤罪で殺されるなんてごめんだぞ?
どうする…… 考えろ! 考えろ……!
しかしその時――
プルルルルー、と何やら聞き覚えのある機械的な音が部屋に響く。
「はい……何? 『神子』を見つけた? ……ああ、私もすぐに向かう」
「ガラケー……?」
それは紛れもないガラケーだった。
なんで異世界にガラケーが?
いや、どこかの国で遠く離れた相手と会話ができる魔道具が開発されたとかなんとか……
そいつ絶対異世界人だろ!
しかしそんなことを考える暇もなく、騎士は通話を済ませると俺に向かって一言。
「手違いがあったようだ。このことは口外せぬよう」
それだけ言うと、騎士は俺への謝罪もなく足早にその場から去って行ってしまった。
一人何事もなかったかのように取り残された俺。
よくわからないが助かった……のか?
しかし俺はそれならばよかった、なんて思考にはなれなかった。
「アイツ人に剣を向けておいて詫びもなしかよ! ふざけんじゃねぇ、謝れ! 詫びて土下座しろ! やられたらやり返す! 倍返しだこの野郎! まぁやったら斬られそうだけど!」
*
その後、奴隷市場の件はギルドがクエストを成功させ、主犯格のスライ・カニングなどは牢獄送り、参加者たちにも厳しい罰則が科せられることとなった。
奴隷にされていた者たちも無事解放され、地下室に一つだけ置かれた謎の檻と、大富豪のスライのオフィスから見つかった高級品がやけに少なかったことを除けば、この事件は静かに幕を下ろした。
もちろん、地下室で俺がぶった斬られそうになったことは、俺以外誰も知ることはなかった。
翌日の酒場より
「いやー先輩、今回も大活躍だったらしいじゃないっすか! さすがっす!」
「そんなにおだてなくてもちゃんとおごるっての」
五芒星から大型クエストを終えた俺への祝いだと誘われては来てみたものの、テーブルに運ばれた豪華な料理の代金を、晩年貧乏なこいつらで支払えるとは思えない。
祝賀会という名目でただ飯が食いたかっただけなのだろう。
でもまぁいいさ、なんたってコッソリ拝借しておいたお宝を換金しておいたおかげで、今の俺はちょっとした小金持ちなのだ。
飯を奢るくらいどうってことはない。
ムリュムリュ……
「そんなことないですって。俺らも二割は支払いますよ!」
「割合がおかしいだろ…… なんで五人パーティのお前らが二割で、ソロの俺があとの全部なんだよ」
ムリュムリュ……
「まぁいいじゃないっすか! 今日は飲みましょう! あ、そうだ。俺たちは明日また討伐クエストへ行く予定なんですけど、先輩もどうですか?」
「いや、俺は明日はゆっくりさせてもらうよ」
ムリュムリュ……
「……あのー、先輩? さっきからそのご飯の上にムリュムリュかけているのはなんなんすか?」
「ん? 何って…… マヨネーズだよ」
俺はこの異世界へ来てから、一つだけ我慢ならない事があった。
そう、この世界にはマヨネーズが存在しないのだ。
俺は異世界生活をしてきた中で、この世界に存在する卵系や油などの素材を厳選し、二年の歳月をかけ、やっと理想の味を作ることができたのだ……!
「いや…… それが何かの調味料だというのは分かるんすよ。ただ明らかに適量じゃないというか…… なんでメインのご飯よりもその白いヤツの方が多いんですか……」
何を言っているのか?
マヨネーズとご飯の対比は3:1と決まっている。
「うまいぞ? 食ってみろよ、飛ぶぞ」
「いや…… 遠慮しておくっす……」
「そうか?」
俺は特製マヨネーズ丼を一気にかきこんだ。
周りの奴らが俺をすごい目で見ていたのが気になったが……
*
酒場を後にした俺は家へと帰るため、奴隷市場のことを話していたあの二人組がいた路地を進んでいた。
あの時のようにまだ辺りも暗くなく、周囲の様子がよく分かる。
ヒキニート時代の名残なのか、こういう狭い場所はなんだかアットホームに感じてくる。
意外と根の部分は変わっていないのかもしれないな。
「……」
……なんだ?
誰かに見られている?
どこからか感じる視線。
どこだ?
しかし……ただ何というか、視線から感じるものは殺気とはまた違う。
観察されている……?
「誰だ……!」
わずかに聞こえたかすかな物音。
ふと音がしたほうを振り向くとそこには、毛先に向かって黄色みがかった黄昏色の髪と黄金色の瞳を持つ一人の少女がこちらをじっと見つめていた。
これが俺と彼女の、世界をかえる物語の第一章の始まりだった。
勿論、この時の俺たちはそんなこと知る由もない。
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