第5話 面倒ごと
「うぐぅああ……!!」
切り落とされた護衛の男の左手は勢い良く宙を舞い、天井にぶつかって地面に落ちる。
「なぁっ!?」
自身が信頼していた護衛がいとも簡単に倒されてしまったという衝撃の出来事に、スライが腰を抜かして固まっていた。
それをよそ目に、俺は懐から笛を取り出して三回吹く。
するとその甲高い音とともに会場側が騒がしくなり、怒号や悲鳴が飛び交う。
これは事前の作戦会議で決めていた合図の笛で、今のは応援部隊の会場への突入を求めるという意味の合図だ。
「なっ、なんだ!?」
「俺の仲間たちがこの会場をおさえてるんだよ。お前の薄汚い商売もこれで終わりだな」
きっと今頃は黒狼率いる百人の冒険者部隊が、会場にいる奴らを捕縛している最中だろう。
「きっ、貴様!」
後ろを振り返るとスライが震える足で立ち上がり、俺を罵った。
「貴様よくもこの私にこんな真似を! 私が何をしてきたのかわかっているのか! 私はあんな価値もくっそったれもないような小汚い奴らに“奴隷”という価値を与えてやったんだぞ! その私がなぜこんな仕打ちを…… こんなことが許されるとでも思っているのか貴様ぁああ!」
なんだその言い分は。
反吐が出る。
「別にいいんじゃないか? お前がやっているのは救済でもなんでもない。前にお前についての話を聞かされたんだが、お前は辺境の村を襲い、そこでさらったやつらを奴隷として売りさばいているそうじゃないか?」
勝手な概念を人の押し付けるこいつの言い方に、俺は不快感を隠せなかった。
「お前のさっきの言い方だと、辺境に住むような奴らには価値がないから、自分が勝手に価値をつけてやるってことだよな? お前がこの商売をどう思っていようが勝手だが、お前は人に勝手に“価値がない“と決めつけて勝手に価値をつけて勝手にその人たちを売りさばいてきた。だったら俺らが勝手にお前をとっ捕まえても文句はねぇはずだぜ」
俺が奴に詰め寄ると、奴はより一層青ざめた顔をして、しりもちをついてその場に倒れ込む。
俺はそんな奴の鼻先に剣先を向けて恫喝する。
「人の価値は誰かが決めれるような安いものじゃねぇんだよ! お前の全財産はたいたって足元にもおよばねぇ! 人の価値を決める権利を持つのも決められる対象も自分自身だけなんだよ!!」
すると奴は俺の威圧に耐え切れなかったようで、白目を向いて気絶してしまった。
俺の言葉がどれほどこいつに届いていたのかは分からないが、暗い牢獄の中で自身の行いを悔いてくれることを祈ろう。
「さてと……」
さっきから気になっていたこの地下室。
相当大事に隠されていたこの場所にはもしかすると……
「何かが盗まれたとは言っていたが、もしやするとまだ貴重なお宝が残っているかもしれないよな…… よぉし……!」
俺はぶっ倒れている二人を縄で縛って拘束する。
「地上を彩る精霊たちに相反する深淵の守護者たちに贄を捧げん。欲望のまま喰らい尽くせ!『フラウロス』!!」
さらに俺が呪文を唱えると床に紫色の魔法陣が広がりしばらくするとその中央に黒いモヤのようなものが集まり、やがてそれらが集結した塊には二つの白く光る眼が現れる。
それは突然、拘束された二人へと向かって飛びかかる。
そして黒い生き物は奴らを丸呑みに…… とはできるはずもなく、スライの右腕に「カプッ」というようなかわいい音とともにかぶりつくが血が出る、なんてことにはならなっかった。
その黒い生き物は世にも恐ろしい獣、ヒョウの姿をしていた――
赤ちゃんサイズの。
今行ったのは契約した悪魔を呼び出す呪文で、悪魔は本来ならば恐ろしい姿をしており、凶暴な獣、黒い騎士や中にはサキュバスなんてことも。
契約をした人間などの主が強くて偉大であるほど、契約時により上位の悪魔が召喚される仕組みで、俺も最初はどんなかっこいい奴が呼び出されるだろうと期待はしていたものの、俺が召喚したのはこの赤ちゃんサイズのヒョウの『フラウロス』。
性能も見た目どうりで他の冒険者から笑われたのをよく覚えている。
悪魔にしては大人しく従順で、今では戦闘のパートナーではなく俺のペットポジションに落ち着いている。
まぁ、それでも悪魔なので、人の生気を吸って生活するのだが、多分この二人がしばらく気絶するくらいの生気を吸ったらお腹いっぱいになるので、「喰らい尽くせ!」なんて言っても到底不可能なのである。
因みにコイツにはガスバーナーくらいの火を吐く能力があるので、うちのチャッカマンとしても役立っている。
「そんじゃ、後は頼んだよ」
俺がフラウロスにグッドサインを出すと、生気を吸いながらこちらを振り返り、俺の真似をしてグッドサインを返してくれた。
知能は高いし、今度家事でも覚えさせてみようかな……
地下へと続く道はとても暗く、魔法で辺りを照らしながら階段を下って行く。
夏なのにも関わらず内部は涼しく、湿度も高い。
何というか、本当にお宝があるのだろうか……
しばらく進んでいくと奥行き10mほどの地下空間があらわれ、そこも今来た道と同じように、薄暗くて肌寒いくらいの気温になっている。
ふと、明かりを部屋の奥に向けてみると、そこにあったのは金銀財宝でもなければ、貴重な美術品でもなく、扉の開けられた小さな鋼鉄の檻だった。
「動くな」
静寂を保っていた地下室に、突如俺やあの二人のものとは全く異なる高い声が響く。
俺の背後に誰かいる。
首元にひんやりとした感覚が伝わり、視線だけ動かしてみると右側から剣がのびてきていた。
「ど、どちら様でしょうか…… 」
さっき地上にいた時はこれ以上の気配を感じなかったはずなのだが……
おそらく相当の手練れ?
すると足音と共に首の剣が時計回りに回転し、その剣の持ち主を知ることができた。
傷一つない白銀の鎧と兜、豪華な装飾が散りばめられた剣、そして鎧の胸部に描かれたこの国の紋章である南極星。
もう正体は分かった。
本当に面倒事はごめんなんだけどなぁ……
そう、この鎧を身につける事ができるのは──
「エイコーン王国騎士団だ。貴様が攫った『神子』をこちらへ引き渡してもらうぞ」
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