第9話

「……」


「…ふいいい。助かったぜ」


 零次がポフッと砂地に座り込む。気が抜けた事で零次の能力も解除されていた。


「久々にガチで死にかけたな…いや、もう死んでるんだったか」


(それにしては肉体の感じは生前と変わらないな。それどころか前よりも調子が良く感じる)


「まああまり深く考えても仕方がないか。全てを理解する方が無理ってもんよ」


 零次が勢いよく立ち上がる。黒のスーツに付着した砂を叩き落としつつ軽くその場でストレッチ。数秒で彼の精神状態は元に戻っていた。


「魔法か……」


 目の前に出来上がった巨大なクレーター。それは前の世界の常識から考えても逸脱した現象だ。何の準備も装備も無しにこの威力。そんな事が出来る人物は零次の脳内に数人しかいなかった。


「なんだかな…負の歯車とでも言うのか?そいつが嫌な感じで噛み合ってきたような気がするんだよな」


 零次が数秒だけ目を閉じ頭を抱える。


「神だの仏だのは信じないようにしてたんだけどな…」


 信じるべきは神か悪魔か。それが零次の中で揺れていた。


「まあどうでもいいか。どうせオマケの人生だ。せいぜい死ぬまで楽しもう」


 

「ふむ…」


 クレーターの外周を沿うように偵察していた零次がそう呟く。


「それにしても広い森だな」


 周囲を見回した零次の感想がそれだ。着地した場所こそ巨大なクレーターのようになっているが、その周囲には見た事もない種類の木々や草がびっしりと生え茂っている。


「いきなり上空から放り出されたかと思ったら、今度は未知の森の散策かよ」


(ハードモードどころかベリーハードモードだったか)


 零次のこの現状はいくつもの奇跡や偶然が重なったものだ。だが通常、ごく普通の人間が何の装備も心構えも持たずに上空何百メートルという場所から落下した場合、その瞬間にその人間の思考は停止するだろう。「死」という絶対的な恐怖に立ち向かえる人間はそれだけ限られている。だが零次は最後まで正気を保っていた。そして今現在もこうして彼は生きている。それは紛れもなく彼が生前に積み上げてきた努力の結果だ。


「とりあえずスマホを回収しないと」


 零次が森の中を目指し歩き始める。


「それにしても…何なんだ?この赤い矢印は……」


 零次が迷いなく森の散策を始めた事には理由がある。その1つがこの零次にだけ見える半透明な赤い矢印だ。


(GPSアプリとかでよくあるあの大雑把な赤い矢印。まさにあんな感じなんだよな)


 それが零次のスマートフォンに宿った力の一部である事を彼は確信していた。零次には分かるのだ。なんとなく自身のスマートフォンがあるであろう場所が。


「……」


 矢印と感覚を頼りに零次は歩き続ける。


「この辺にありそうだが…」


 零次が周囲を軽く見回す。そして最悪の真実に辿り着いた。


「げっ!?俺のスマホ池ポチャしてんじゃねえか!!」

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