第8話

 心の底から零次が助けを求めた瞬間、彼の体から黒い靄のようなものが立ち上がる。そして零次でもギリギリ視認できるかどうかというレベルの速度でそれは人型の状態を形成した。


「うむむ…まさか臨時の即席契約で「人型」にまで固定できるとはな。やはりお前には適正があるぞ」


「おまえ…いや、あんたはいったい……」


 黒い靄を纏ったその少女は見た目こそ10代そこそこにも見える。真っ赤な瞳、浅黒い肌、真っ白な長髪。その頭部からは捻じれた角が4本生えている。明らかに人とは違う存在だという確信が零次にはあった。


「くふふふ…本当は私のような存在が直接干渉するのはダメなんだが…まあこれは仕方がない状況だろう」


「未来ある有望な若者を、どこぞの親切で慈悲深くてめっちゃ強い存在が軽~く手助けをする。これはただそれだけの話だ」


 禍々しい少女が零次の体をガッチリと抱える。


「おおう…!?」


 予想外の状況に驚く零次。米俵を抱えるような姿勢で担がれたのは彼からしても初めての経験だ。


「ほう…やはり良い体をしているな。程よく実用的な筋肉が付いている。だが少し栄養バランスが偏っているようにも見えるな。ちゃんと食事は3食バランス良く食べるんだぞ。野菜を取るのも忘れずにな」


「…はい。善処します」


 圧倒的な正論に思わず敬語が零次の口から出てしまう。


「くふふふ。よし!素直で良い子にはご褒美を与えないとな~!!」


 得体のしれない黒く強大なエネルギーが少女の片腕に凝縮されていく。


(マジかよ…あれだけのエネルギーを完全にコントロールしているのか)


「よ~く見ておけよ零次!これが本物の魔法というものだ!!」


「___‘※※※※‘」


「すっげ…」


 ___2人が地面に衝突するその瞬間、少女は地面に向かってその小さい腕をふり降ろした。


 ___それだけだ。ただそれだけで世界に轟音が響き渡る。


 ___大地はひび割れ蒸発する。零次を起点にした半径44mの地面は完全な砂地と化した。


 ___その地点に、悠々とした表情の少女が降り立つ。


 零次をその場に立たせた後、イタズラチックな表情で「V」のサインを手で表しながら、少女は零次に語り掛ける。


「さて…感想はどうだ?」


「すっげえなおい…」


 チープかつ凡庸だがこの現象に最も相応しい言葉を零次が伝える。


「だろ~!?もっと褒めても良いんだぞ?」


「なんというか、粗々しさの中にも繊細な力のコントロールが感じられた。これがかなり高度な技術である事は俺にも理解できる」


「うむ!…ほらほら、もっと褒めても良いんだぞ?」


 零次が率直な気持ちで少女を褒めまくる。褒められて良い気持ちにならない存在は少ない。それはこの黒い少女も例外ではなかった。


「くふふふ…くふふふふふふ」


 満足気に何度か頷いた後、少女の姿が霧のように消え始める。


「時間か。ではな零次。おまえの「幸運」を…いや、「悪運」を少しだけ祈っているぞ」


 Vサインのまま少女の姿は完全に消失した。

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