第51話 転生者、襲来に備える
魔王領から遠く離れた険しい山岳地帯。そこは魔族すらも近付かない一帯が存在していた。
そんな場所で、なにやら黒い影がもぞもぞと動いている。
「ふわあ~、よく寝たな」
大あくびをかます黒い影は、のっそりと体を起こして鼻をひくつかせてる。
「ふむ、魔王の気配が消えているな。ならば、安心して魔族どもと遊んでやれるか」
目がぱっちりと開けると、すぐさま翼をはばたかせて体を浮き上がらせる。
「さて、今回の魔族どもはどれくらいもつのか楽しみだ。待っているがよいぞ」
にやりと不気味な笑みを浮かべると、辺り一帯に暴風を巻き起こしながら、黒い影は一路魔王城へ向けて飛び去っていった。
―――
よく分からない黒い存在に狙われているとも知らず、俺は今日も執務に追われていた。
それというのも、獣人族の要望書を受け取ってすぐさま対応を行ったことが、他の魔族にも伝播してしまっていたのだ。まったくどこから漏れたのだろうか分からない。
そんなわけで、今日も今日とてひたすら要望書に目を通す日々が続いている。
獣人たちに対して新たな採用枠を伝えたピエラも魔王城に戻ってきていた。獣人たちの時と同じように、要望書の確認をピエラに手伝ってもらっているのだ。
「だーっ、もう。なんでこんなに要望書が来るんだよ……」
面倒になった俺は机に両手を突き出して突っ伏してしまう。その時、思わぬ感触が俺に襲い掛かってきた。
「くそっ、何かと思ったら俺の胸じゃないか。そうだよ、今の俺って女なんだった。仕事してると時折忘れちまうぜ」
一人で勝手にキレ散らかす俺の姿に、ピエラが俺を凝視しながら固まっていた。
「なんだよピエラ。って、お前どこを見てるんだ?」
ピエラの顔を見ると、俺の胸元に視線を向けていた。
「あっ、ごめんなさい。いや、改めてみると大きなと思って……」
視線を逸らしながら、自分の胸元に視線を落とすピエラである。どうやら女性であっても見比べてしまうらしい。その態度に、俺は思わず顔をしかめてしまう。
「あのなぁ……」
幼馴染みの思わぬ反応に、俺はつい詰め寄ってしまう。
ピエラは困ったように笑いながらごまかしていた。
そんな時だった。
俺は何かを感じて急に振り向く。
「どうしたの、セイ」
あまりに突然の事だっただけに、ピエラは驚いて俺に慌てて問い掛けている。
「大きな魔力の塊が、こっちに近付いてきてる」
俺の言葉に、ピエラも神経を集中させて魔力の感知を行う。
「……本当だわ。かなり大きな魔力がものすごい勢いで向かってきているわね」
ピエラも感じ取れたところで、俺の執務室の扉が勢いよく開かれる。
「魔王様、大変でございます」
あのキリエが扉をノックする事もなく慌てた入ってきた。相当な緊急事態なのだろう。
「どうしたんだキリエ」
「厄災が……、厄災が近付いてきております」
「この魔力の塊が厄災なのか!」
俺が叫ぶと、キリエはその身を小さく震わせた。
「わ、悪い……」
その姿を見た俺は、思わずキリエに謝ってしまう。
「いえ、私の方こそ失礼致しました。慌てていたとはいえ、ノックもせずに魔王様の部屋に入るなど、メイドとしても参謀としても失格でございます」
俺の慌てっぷりにすっかりいつもの調子を取り戻したキリエは、頭を下げて謝罪の弁を述べている。さすが真面目魔族である。
とはいえ、そんな事をやっている場合ではなかった。
「キリエ、厄災を迎え撃つぞ」
「畏まりました、魔王様」
バタバタと魔王城の外へと向けて走り始める俺たち。
その最中、ピエラがふと疑問を投げかけてきた。
「そういえば、セイが今の魔王なのよね。新たな魔王が誕生しているのに、どうして厄災は動いたのかしら」
確かにそうである。厄災は魔王が死んで不在の時に動くものだ。今回は前魔王は確かに死んだものの、新たな魔王がもう出現してしまっているのである。
つまり、魔王が死んだ後という条件は満たしているものの、魔王が不在であるという条件は満たせていないのである。冷静に考えれば、確かに不可解な行動になるのだった。
「おそらく、今回の魔王様が獣人ということで、厄災は魔王様の魔力を感じ取れていないのでしょう」
ああなるほど、そういう考え方もあるか。
「あと、長い間寝ていますので、寝起きで魔力感知が鈍っているというのも大きいでしょうね」
「ああ、そっか。寝起きってボケてるからな……」
なんともいろいろと納得のいく話だった。
とはいえ、その状態で魔王軍を大きく壊滅させていくような存在だ。とても無視できるわけがなかった。
どうにか魔王城の外へと出た俺たち。外へ出ると、近付いてくる厄災の魔力をひしひしと感じる事ができる。
その魔力の大きさは、確かに魔王軍を半壊させたというのが納得できるくらい大きなものだった。
外に出てしばらくすると、辺りの天候が一気に悪くなり始める。
雨こそ降らないものの、黒くて厚い雲が垂れ込め、強風が吹き荒れ、挙句雲の中には稲光が見える。
何かとんでもないものが接近しているということが、嫌というほど視覚的に分かるくらいだった。
やがて俺たちの目は、近付いてくる厄災の姿を捉えたのだった。
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