第52話 転生者、厄災と対峙する
真っ暗な空に浮かぶ真っ黒で巨大なドラゴン……。
それこそがキリエが話した『厄災』と呼ばれる存在だ。
魔王が倒されていなくなると、どこからともなく現れて魔族に壊滅的なダメージを与えていく厄介な存在。それゆえに魔族からは人間以上に嫌われている。
(あれが厄災か……。なんて禍々しい魔力を放ってやがるんだ)
俺は空に浮かぶドラゴンを見ながら険しい表情をする。
「ほう、我がやって来たというのにたったそれだけか。ずいぶんと甘く見てくれるな……」
重苦しい声が辺りに響き渡る。
厄災が驚くのも無理はないだろうな。魔王城から離れた場所に居るのは、俺とピエラ、それとキリエだけなんだからな。
何100という魔族を相手に、軽くあしらってみせた厄災からすれば、そりゃなめてくれるなといった感じなんだろうな。
だがな、俺たちだってなめられ続けるわけにはいかないんだ。魔族はお前のようなドラゴンのおもちゃじゃねえんだからな。
「厄災とかいったな。今回はお前の思う通りにはさせないからな。お前の暴挙は、この俺が止めてやる」
厄災に向けてびしっと人差し指を向ける。
すると、厄災はげらげらとおかしそうに笑い始めた。
「くはははははっ。お前みたいな力らしきものもまったく感じられぬ弱い魔族に何ができようか。おとなしくくだばって我の糧となれ!」
「来るぞっ!」
厄災は空中でそのまま大きく仰け反る。
その予備動作だけで何が来るのかよく分かる。
「ピエラ!」
「任せて!」
俺の声に合わせて、ピエラが反応する。
「光の加護よ。我らを悪しき力から守りたまえ」
素早い詠唱であっという間に魔法の準備が終わる。魔法使いとして幼少から鍛えられてきたピエラだからな。詠唱短縮もお手の物だ。
「マジックシェル!」
俺たちの前に光の貝殻が展開される。マジックとはついているが、別に対魔法というわけではない。魔法で壁を作り上げるからマジックというわけだ。
「ふん、そんな貧弱な盾で、我のブレスが防げるものか!」
厄災のドラゴンから強力なブレスが放たれる。
かなり強力なブレスのようで、辺り一帯には暴風が吹き荒れている。
ところが、ピエラの張った魔法の中は実に穏やかなものである。そう、完全にブレスをシャットアウトしているってわけだ。
「ふん、ちょっと勢いよく吐きすぎたか。だが、これで生意気な連中は消し炭に……なんだと?!」
優越に浸りたい厄災だったが、思わぬ光景を目の当たりにして酷く驚いている。
そう、ピエラの防御魔法のおかげで、俺たちには一切ブレスが届いていなかったのだ。無傷の俺たちを見て、衝撃を受けているのである。
「バカな……。この我のブレスをまともに受けて無傷、だと?!」
「おあいにくさま。私の魔法の方が強かったようですね」
「ぐぬぬぬ……」
ピエラが軽く煽ると、厄災は悔しそうに震えている。煽り耐性なさすぎじゃないか……?
「おのれ! ブレスが通じぬというのなら、直接引き裂いてくれようぞ!」
厄災は俺たち目がけて急降下攻撃を仕掛けてくる。
だが、これはむしろ俺にとって好都合というものだ。獣人となった俺は以前に比べても接近戦の方が力を発揮できるからな。
急降下してくる厄災のドラゴン。俺はその攻撃に合わせて迎撃するつもりで構える。
ところが、俺までもう少しと迫ったところで、厄災のドラゴンは急に上空へと飛び上がってしまう。一体何があったというのだろうか。
「おい、どうした。俺たちを引き裂くんじゃなかったのか?」
俺は厄災に向けて問い質す。すると、厄災は震えたような声で答える。
「な、なんなんだ、そのでたらめな魔力は! まるで魔王のようじゃないか……」
どうやら俺に接近した事で、俺から放たれるとんでもない量の魔力に気が付いたようなのだ。
「魔王のようなじゃない。俺は魔王だ」
「嘘だ!」
厄災の反応にはっきりと答えてやると、間髪入れずに厄災は叫んでいた。
「魔王の魔力というのは、周囲にだだ漏れしているものだ。遠くに居てもその恐ろしさが分かるくらいに強烈に広範囲に広がっていくのだ。お前みたいな魔力の持ち主が、魔王であってたまるか!」
どうやら自分が知る特徴と合致しないために、俺が魔王であることを認めたくないようなのだ。
しかし、実に困ったものだ。
厄災のドラゴンは、現れた時とほぼ同じ高さまで舞い上がってしまっている。あの高さでは俺の攻撃は届かない。
それに、俺の魔力にびびって退避したわけだから、俺目がけて飛び掛かってくる事はないだろう。かといって、奴の遠距離攻撃はピエラに完全阻止される状況だ。お互いに決め手を欠いているのである。
(くそっ、一体どうすればいいんだ……)
俺が悩んでいると、しめたといわんばかりに厄災が動きを見せる。
俺たちが高所に居る厄災に対して攻撃を加えられないと見て、よりにもよって俺たちを無視しようとしているのだ。
「逃げるんじゃ……ねえ!」
さすがに頭にきた俺は、地面に転がっていた石を拾って厄災に対して投げつける。
「うおっ!?」
その石を間一髪回避する厄災。だが、その表情は焦りの色に包まれていた。
厄災はかなり高い位置に居るから、俺の投石が届くとは思ってなかったのだろうな。だがな、獣人の腕力と魔法を組み合わせれば、この程度造作もないというものだ。
俺は厄災を引きずり下ろすため、再び石を投げる。
余裕で石が届くものだから、これで俺の事は無視できなくなったはずだ。
さあ、厄災は一体どう出るのか。俺は石を投げながらじっと様子を窺うのだった。
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