第33話 転生者、出る幕がない
キリエから迫られて、国王はやむを得ない判断を下す。
「魔族との間で、和平調停を結ぶ。確かに、共通の敵としていた魔王が倒れた今、国内にくすぶっていた問題が一気に噴き出してくる可能性は否めないからな」
「陛下、正気でございますか?」
親父、この状況でそう言うのかよ。
俺は驚いてしまって、疑いの目を親父に向ける。
「仕方ないだろう。現状ではマールン一人しかまともに魔族とやり合える者が居らぬ。もし魔族に全力で攻められでもしたら、おそらく持ちこたえるのは不可能だ」
「うっ、ぐぅ……」
確かにその通りだ。
まだ俺は城に住む魔族と獣人たちとしか会っていない。だが、彼らだけでもかなりの戦力になる。俺が号令を下せば、この城くらい簡単に崩落させてしまうだろう。陥落じゃなくて崩落だよ。文字通りがれきの山になるんだよ。
まっ、俺はそんな事は望みはしないがな。
「それにだ、おぬしも噂くらいには聞いているだろう。怪しい動きを見せる貴族がいることくらいは」
「確かに、聞き及んでおります」
どうやら、親父たちは謀反を起こしそうな連中の情報が掴んでいるようだった。
というか、本当に国内情勢は不安定だったんだな。慌てて戻って来たかいがあるというものだな。
「それでは、お決まりということでよろしいでしょうか」
キリエが声を掛けると、国王と親父が揃って頷いた。
「敵は少ない方がいいからな。それに魔王領は我が国の属領という形を取っている。自国内で争うような真似はするわけにはいかないからな」
国王はキリエにそのように答えていた。
「実に喜ばしい話ですね。私たちは魔王様が悲しまれるような事は回避したいのです。そちらが望むのでしたら、諜報に長けた魔族を遣わしますよ」
お返しにキリエが提案すると、国王たちは思わぬ提案に顔を見合わせながら驚いている。
この態度を見る限り、親父たちが魔族の事をどう見てるのかよく分かるというものだ。
まあ、俺も魔王にされるまでは同じように考えてたけどな。
立場が違うと見えるものが違ってくるというのを実体験したよ。
「そうだ。ピエラ、お前はどうなのだ」
ハミングウェイ伯爵が我に返ってピエラに詰め寄っている。おいおい、ここでピエラに迫るのかよ。
俺が呆れて見ていると、ピエラは毅然とした態度で言葉を返す。
「お父様、私はキリエさんの提案に賛成です。それに、私は魔王領を気に入りました。ですので、国王陛下の判断を支持致します」
「ピエラ……!」
ピエラの力強い言葉に、思わずハミングウェイ伯爵の手が振り上げられる。
おいおい、この場で何をしようとしてるんだよ、おっさん!
次の瞬間、バチーンという音が響き渡る。しかし、平手を食らったのはピエラではなかった。
「なっ、なんだお前は。魔族が、汚らわしい……」
「私は獣人族の長よりピエラ様の専属にあてられましたラビリアと申します。申し訳ございませんが、ピエラ様に暴力を振るわないで下さい」
そう、平手を受けたのは魔王領におけるピエラの専属メイドとなったラビリアだった。
それにしても、ハミングウェイ伯爵もこんな場所でそんな事をするんだな。人間、頭に血が上ったら周りが見えなくなるってわけだ。
「ハミングウェイ伯爵、あなたは一体何をしているか分かっているのですか。陛下の御前ですぞ!」
兵士たちが駆け寄ってくると、ハミングウェイ伯爵ははっと我に返る。
そして、国王の姿を見ると、顔を青ざめさせていた。
「ハミングウェイ、お前には失望したぞ」
国王は冷たく言い放つと、
「しばらく自宅で謹慎をして頭を冷やすといい。帰ってもらえ」
「はっ!」
兵士たちに両脇を抱えられて、ハミングウェイ伯爵が謁見の間から追い出される。
それを見送りながら、俺はラビリアに駆け寄る。
「大丈夫か」
「はい。幸い毛深いですので、まったく痛くはありません。人間って非力なんですね」
にっこりと微笑むラビリアである。
「すまないな。ハミングウェイにとってピエラは一人娘がゆえにちょっとカッとなりやすくてな。代わりに謝罪をしておこう、すまなかった」
国王が謝罪の言葉を掛けている。
「いえいえ、私はなんともありませんので、お気になさらずに。それよりも、実の娘に気に入らないからと手をあげるのは、実に感心できませんね」
ラビリアの怒りは、どちらかといえばそちらの方にあったようだ。
「ラビリア、魔族でも親子間ならそういう事はありますよ。私も何度両親から暴力を振るわれたか……」
「えっ、キリエも経験あるのかよ」
「はい、ございますとも。エリート魔族ですから」
キリエはにっこりと微笑んでいた。
「それでは、国王陛下。和平調停の内容を詰めたいと思いますので、部屋を変えませんか」
「うむ、そうだな。会議室の準備をさせよう」
国王は兵士に命じて、すぐさま部屋の準備をさせ始める。
こうして、少々予想外な事はあったけれども、人間と魔族との間の衝突は回避できそうな状態が整えられそうだった。
この交渉の中では、キリエが実に参謀らしくてきぱきとあれこれを決めていっていた。
あれ、これって俺の出番なくないか?
呆ける俺をピエラは笑いながら見ていた。
多少意見を求められたものの、本当に何もしないままに和平調停はまとまってしまったのだった。
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