第34話 転生者、新たな魔族に会う

 王都での用事を済ませた俺たちは、あっという間に魔王城まで戻っていた。

 ところが、戻るや否やキリエが足早に城の中を移動し始める。俺たちは必死にそれを追いかけていくが、まったく追いつける気配がなかった。


「くっ、なんて足の速さなんだ」


「兎人族である私ですら追いつけないなんて、キリエ様の足速すぎませんか?!」


 ラビリアはピエラを抱きかかえて移動している。

 なぜこうなっているかというと、キリエの足が速すぎるからだ。普通の人間で魔法使いであるピエラには到底ついていけるものではない。だから、兎人であるラビリアが抱えているというわけだ。

 俺は俺で犬の獣人になったせいか、足がかなり速くなっている。おかげでどうにかキリエの足についていけているわけだ。

 にしても、キリエってこんなに走るの速かったのか。さすがはエリート魔族のメイドだな。

 ひたすら走り続けていたキリエが、急に止まる。


「わっとっと……」


 急に立ち止まってくれたものだから、つい俺は行き過ぎてしまいそうになる。息切れを仕掛けていたので、急停止に対応できなくなっていたのだ。


「キリエ、ここに一体何があるというんだ?」


 呼吸を整えて、キリエに尋ねる。


「詳しいお話は中に入ってから行います。……ピエラ様もいらっしゃいましたので、中に入りますね」


 キリエはそう言うと、でかくて重そうな扉を押して開ける。

 ギギギギ……という、いかにも重厚そうな音を立てながら、扉がゆっくりと開いていく。


「魔王様たちはここでお待ち下さい。ここからは私でないと対応ができませんので」


「わ、分かった」


 いつになく険しい表情をしているものだから、俺たちはついその雰囲気に飲まれてしまう。そして、言葉に従って扉の外で待機する。


 扉の中に入っていったキリエは、中に向かって呼び掛ける。


「コモヤ、居るのでしょう。出ていらっしゃい」


 呼び掛けるものの返事がない。

 だが、少し待つと、キリエの顔が上方を向いた。


 ガキーン!


 金属のぶつかる音が響き渡る。


「キリエ!」


 あまりの音に、俺はつい叫んでしまう。


「まったく、相変わらずご挨拶ですね、コモヤ」


 だが、キリエはまったくもって落ち着いていた。攻撃を仕掛けてきた相手に対して、冷静に話し掛けている。

 ようやく落ち着いた俺は、キリエの前に居る人物の姿を目を凝らして確認する。どことなく顔はキリエに似た感じがあるものの、全体的な雰囲気がまったく違う魔族が現れた。


「姉様、お久しぶりですね。うちに何か用でしょうか」


「いきなり攻撃を仕掛けてくるとは、相変わらず変な挨拶をしますね、コモヤは」


「姉様の腕が鈍っていないか、確認するためですよ。うふふふ」


 怖い笑い声を浮かべるコモヤである。

 その直後、コモヤが何かに気が付いたような表情をする。


「あらあら、あちらの青い犬の方が新しい魔王様ですね」


「ええ、その通りです。魔王様がその体に持つ刻印がありますので、間違いありません」


「見た感じ弱そうだけど、あの魔王様に勝ったのか……」


「コモヤ、変な事を考えてないでしょうね」


 コモヤが浮かべた表情に、キリエは釘を刺そうとしている。姉妹ゆえか、その感情はすぐに気が付いたようだ。


「いやですね、姉様。うちがそんな野蛮なこと、考えるわけないじゃないですか」


「……だったら、奇襲をあいさつ代わりにするのをやめなさい。十分野蛮ですから」


「ええ~……」


 キリエに咎められて、見るからに不満そうな表情を浮かべるコモヤである。しかし、キリエはそんなコモヤを無視して話を切り出した。


「それはそれとして、私がコモヤに会いに来たのには理由があります」


「なんですか、姉様」


 コモヤに尋ねられて、キリエは俺たちの方へと視線をちらりと向ける。


「実はですね、魔王様の故郷となる国と和平停戦を行いましてね。その代わりと言ってはなんですが、王国内にくすぶる不穏分子を排除することになったのですよ」


「また面倒なことを持ってきましたね」


「仕方ないのですよ。魔王様が安心してこの魔王領を統治するためには必要な事ですから」


 キリエが淡々と語ると、コモヤは実に悩ましそうに腕を組んで唸っていた。


「それで姉様。うちにして欲しい事とは?」


 改めて用件を確認するコモヤである。


「先程も言いましたが、魔王様の故郷の国の不穏分子を排除すること。ただし、殺してはなりませんよ。かの国の法律に則って処罰して頂きますので、コモヤに依頼する仕事は諜報活動ですね」


 淡々とした表情で告げるキリエ。すると、コモヤはうーんと腕を組んで悩み始めた。


「殺しはなしかぁ……」


 そこを悩むのか。思わず声に出してツッコミを入れそうになってしまった。


「けど、そういう加減の難しい仕事の方が面白そうです。やってやろうじゃないですか」


 おや、意外と乗り気のようだ。さっきのキリエに対する挨拶を思うに予想外な反応に思えた。


「決まりですね。コモヤ、魔王様にご挨拶なさい」


 ここでようやく俺に話を振ってくるキリエである。

 とててと俺の前に走ってくるコモヤ。キリエとの身長差は分かっていたのだが、近付かれるとその小ささが改めて分かる。


「魔王様、はじめまして。うちはコモヤといいます。姉様がお世話になっています」


「ああ、はじめまして。俺はセイ。ゆえあって魔王になっちまった。よろしく頼むな」


 俺にも攻撃を仕掛けてこないかとひやひやしたものだが、挨拶自体は普通に行われて安心だった。

 が、俺は甘かった。


「姉様」


「なんですか、コモヤ」


「魔王様と戦ってもいい?」


 このコモヤのひと言で、その場の雰囲気がおかしくなってしまった。

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