第32話 転生者、意外な正体を知る

 重苦しい空気になってしまったのだが、それを破ったのは意外な人物だった。


「やれやれ、人間というのもなかなかに面倒なものですね」


 キリエだった。


「ここはひとつ、私たちが手をお貸し致しましょう」


 急なキリエの発言に、俺たちははっきり言って戸惑っている。

 その様子に構うことなく、キリエは国王の方へと体を向けて発言する。


「無礼を承知で発言させて頂きます。私、魔王様直属メイドであるキリエと申します。ですが、その姿は仮の姿」


 キリエは立ち上がったかと思うと、メイド服に手を掛ける。

 そして、次の瞬間、モノクルを掛けた軍服姿へと姿を変えていた。これにはそこそこの日数付き合っている俺も驚くしかなかった。メイドじゃなかったのかよ。


「改めまして、お初にお目にかかります。魔法軍参謀を務めるキリエでございます。以後お見知りおきを」


 モノクルに手を掛けて、キリっとポーズを決めるキリエである。その姿はなんというか、無駄に格好いいものだった。


「本来であれば、私たち魔族が人間に手を貸すなどはありえない話です。しかし、今回は魔王様の懸念があるために、特別に手をお貸ししようというわけでございます」


「魔王?」


 キリエの放った言葉の中のひとつの単語に、国王たちが反応する。


「はい、こちらのセイ様でございますが、前魔王様からの力の譲渡を受けております。この額にある紋様がその証でございます」


「お、おい」


「魔王様、失礼致します」


 キリエはおもむろに俺に近付いて額が見えるように前髪をめくり上げる。そこへ、国王に命じられた大臣と親父が駆け寄ってくる。

 さすがに抵抗したかった俺だが、それでは話が進まないと見て、ここはおとなしく確認されることにした。


「こ、こんな事が……」


 さすがに親父はショックを受けていたようだった。


「実は魔王という存在は指名制でして、魔王はその最期を確認した時に、次の魔王を指名するのです」


「なんだと?!」


 国王や親父たちが声を上げて驚く。


「本来でしたら、その力が馴染むまで数十年から数百年という年月の間眠りにつくのですが、今の魔王様はわずかの期間で目覚めてしまったようですね。これは私たち魔族にとっても意外な事でございました」


 ここで再びモノクルをくいっと持ち上げるキリエである。

 そういえば時々目の横に手を持っていく仕草をしていたのはこのせいだったのか。

 キリエの謎仕草の正体に気が付いて、ひとつすっきりする俺。だが、今はそういう時ではなかった。


「実に王国としては不幸な事だったかもしれませんが、セイ様が次期魔王として選ばれたのでございます」


「なんという……事だ……」


 キリエの説明が終わると、親父がふらふらとしている。


「コングラート侯爵」


 そのふらつく体を、ハミングウェイ伯爵がしっかりと受け止めて支える。その姿を見て、俺はひとまずほっとしていた。

 その様子を見たキリエは、話を続ける。


「ですが、今回の魔王の引継ぎが短期間で終了した事は、かえって王国にとってはいい方向に働くかと存じます」


「それはなぜだね?」


 キリエの発言に、国王が疑いを持って尋ねている。


「簡単な話です。本来は魔王の引継ぎが行われた時には、新しい魔王は以前の記憶を失ってしまいます。ところが、今の魔王様は人間の時の記憶をしっかりと保っております。これがもたらす影響はとても大きいのです」


「……すまない。説明をしてもらってもいいだろうか」


 頭が痛そうに顔を押さえる国王。理解がとても追いついていないようだ。


「簡単な話です。私たち魔族というのは、基本的には魔王様の意向に従うようになっております。つまり、魔王様が人間を襲うなと命ぜられれば、私たちから人間を攻撃する事はなくなるのです」


「なるほど……」


「ちょっと待て、そちらからはという事は……」


 何かに気が付いた親父が叫ぶと、


「当然です。攻撃されれば反撃しますよ。自分たちを守るためですからね」


 キリエからご丁寧に返答がされた。

 まぁ自己防衛はするよな。誰だって自分の身が危ないとなれば、抵抗するものだからな。


「そういうわけです。せっかく双方の代表が揃っているのですから、ここはひとつ和平交渉と参りましょうか」


「和平……だと?」


 思わぬ提案に、王国側の人間はみんな驚きで固まってしまっている。

 だが、キリエはそれに構わずに言葉を続ける。


「魔王様は平和をお望みでございます。でしたら、参謀でありメイドである私は、全力でそのために動くのですよ。魔族とのいさかいが減るのは、王国としても望ましい事でしょう?」


「う、うむ……。確かにそうだが」


「それにです。魔王を倒して脅威がなくなったと思い込んでいる今、王国内には不穏分子がいるらしいではないですか。そうなれば、敵は減らしておくに越した事はありません。魔族と和平を結べば、国内に専念できますからね」


 キリエの提案に、国王も親父も、全員が言葉を失った。

 完全にキリエのペースになっている。これがエリート魔族というやつなのか。


「ええ、そうですよ、魔王様。私と妹のカスミは純魔族の中でもエリート中のエリートですからね」


「心の中を読まないでくれ」


「あらやだ。顔に書いてありますよ」


 こんな時に冗談まで言う余裕のあるキリエである。


「さあ、どうなさいますか?」


 気を取り直して、国王たちに交渉を迫るキリエ。

 ここまで言われてしまえば、もう国王たちに選択肢はないのだった。

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