第22話 転生者、幼馴染みと話をする

 食事をするからと、俺とピエラは部屋を移動させられる。さすがにさっきの部屋では服を汚しかねないからとクローゼに追い出されてしまったのだ。

 キリエは俺たちを今の俺の部屋まで連れていくと、おとなしく待っているようにと言い残して部屋を出ていった。

 部屋に残された俺とピエラだが、その間の空気はなんともいえない微妙な感じだった。


(うう、ピエラと二人にされたが、何を話せばいいのやら……)


 話題には事欠かないはずなのだが、いざとなると言葉に詰まってしまう。俺はかなりヘタレのようだった。

 ちらりとピエラに目をやれば、じっと俺の事を見つめている。


「あら、だんまりなのですね、魔王様」


 そこへ食事を運んできたキリエが姿を見せる。

 そして、机に食事を配膳すると、すました顔で俺たちの方へとちらりと視線を向ける。


「それではごゆっくりお楽しみ下さい。お呼びになるまで、邪魔者は退散しておりますね。それに、カスミにお説教しなければなりませんのでね」


 気を利かせた言葉と寒気を感じる言葉を残して、キリエは俺の部屋から出ていった。

 再びピエラと二人きりになったものの、俺たちの間に言葉はない。ただただ沈黙だけが流れていた。


「ねえ……」


 食事を進めていると、不意にピエラが話し掛けてきた。


「うん、なんだよ、ピエラ」


 声に気が付いて不意に手を止める俺。そこには不安そうな表情をするピエラの姿があった。


「セイってば、魔王領の領主としてここへ来たのよね。魔王って、一体どういう事なのかしら……」


 なるほど、どうやらピエラはキリエの俺への呼び方が気になっているようだ。

 しかし、ここで正直に言うのかははっきりいって悩みどころというもの。というのも、人間たちにとってしてみれば魔王は討伐対象でしかないんだからな。

 つまり、ピエラは俺と戦うのを躊躇してるっていうところかな。なにせ、幼馴染みだし、一緒に魔王を討伐した仲だからな。戦いたくはないという気持ちが理解できる。


「うん、魔王っていうのはな……」


 気持ちが理解できるからこそ、俺は自分の置かれた状況をピエラに話す事にした。

 魔王の後継に選ばれた事。その証たる印を持っている事で、魔族たちから魔王と慕われている事。さっきの着せ替え人形状態になっていた詳細も含めて、ひとまず説明しておいた。

 ……俺も理由が分からない獣人化を除いてだけどな。こればかりは俺もさっぱり分からんからな。


「……というわけなんだ。この額にある印のせいで、俺は魔族たちの王、つまりは魔王をやらなくちゃいけなくなった。そもそも魔王領の領主をやるわけだから、魔族たちが従順になってくれるのは助かるんだけどな」


「なるほど、そういうわけだったのね」


 ひと通り説明をすると、ピエラはとりあえず納得したようだった。


「新しい服を作ったから試着してたのか……。なるほどいちゃついていたわけじゃないんだ」


 何かぼそぼそと呟くピエラだが、悪いな、俺の耳は全部拾っているんだよ。こういう時に獣人の耳がよすぎるというのがあだになる。

 前世の知識のせいで、ピエラの感情は多少なりと察していたつもりだったんだが、やっぱりそうだったんだな……。はあ、余計に気まずいぞ。

 こういう時は話題をすり替えるのが一番だな。

 そう考えた俺は別の話題をぶつけることにした。


「王都の方の様子はどうなんだ? 俺を追放してなんか面倒なこととか起きてないか?」


「特に何もないわね。ただ、コングラート侯爵家は頭を悩ませているわね、後継がいなくなったって」


「まあそうだろうな……」


 俺の家の後継問題は、予想していた通りだ。なんせ一人っ子だったからな。やむを得ない事とはいっても、最終的な判断をしたのは親父たちだから俺からは何も言う事はない。

 俺がため息をついていると、ピエラも同じようにため息をついていた。


「どうしたんだよ、ピエラ」


「いや、心配して損しちゃったかなって。セイってば楽しそうなんですもの」


 ピエラは俺ではなくて扉の向こう側へと視線を向けた。


「あのな、あの光景を見て楽しそうって思えたのか?」


 俺はピエラがやって来た時の着せ替え人形状態を指して苦言を呈する。

 しかし、ピエラは予想外な答えを返してきた。


「ええ、とても楽しそうに見えたわ」


「……そうかよ」


 思わず口に含もうとした紅茶を吹きそうになった。


「それでなんだけどね、セイ」


「うん、なんだよ、ピエラ」


「私もしばらくこっちに滞在させてもらうわよ。セイのお手伝いがしたいのよ」


「本気なのか?」


 突然のピエラの発言に、俺は目を白黒とさせてしまう。しかし、ピエラの顔は凛々しいまでの決意に満ちた表情であふれていた。どうやらこれは本気のようである。


「……まあ、俺は構わないんだが、他のみんながなんていうだろうかな」


 頭を軽くかく俺の耳は、へにゃりと少し垂れていた。


「誰にも文句は言わせないわよ。私はそのつもりでここまで来たんだから。ダメっていわれても居座ってやるわよ」


 ピエラは本気だった。こうなってしまえばピエラの説得は難しい。

 仕方ないので、食事を終えた俺はキリエを呼んで事情を説明することにしたのだった。

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