第19話 転生者、獣人と戦う
魔王城の訓練場。
そこで俺は、今は同じ種族となった獣人のヴォルフと対峙している。
純然たる武人であるヴォルフに対して、俺の剣術なんてものは付け焼刃に等しいものだ。
転生による特典で多少の努力で能力を伸ばせたんだからな。それに、今は性別も体格も変わって以前のように動けるかどうかが分からない。
はっきり言って、俺の方が圧倒的に不利な状況ではあった。
しかしだ。俺は魔王城への突入の際に仲間の援護があったとはいえ、魔族たちを制圧してきた実績がある。それに今は魔王だ。煽った手前、今さら怖気づけるわけがないってもんだ。
俺たちは剣を構えた状態で、じりじりとけん制し合っている。
俺たちの様子を見ながら、カスミがものすごく緊張した表情を浮かべている。なにせこの戦いの開始の合図を任されたのだ。カスミはただのメイドであるがために、戦いに関する知識が乏しい。それゆえに、いつ合図をしたらいいのか判断に困っているようだった。
その様子に耐えかねたのか、俺とヴォルフが揃ってカスミの方に顔を向ける。「早く合図しろ」と催促するかのような形相だったので、カスミがつい震え上がってしまっていた。
「うう、分かりましたよ……」
さすがにカスミも分かったのか。意を決したようだった。
「うう……、始めです!」
カスミの大きな声が訓練場に響き渡る。
「おおおおっ!」
「やああっ!」
それと同時に、俺とヴォルフが剣をしっかりと握ってぶつかり合う。
初撃は……、互角だった。
「ほう、これを受け止めるとは意外だったな。女とはいえ、さすが魔王様といったところでございましょうか」
「あ、当たり前だ。この程度を凌げなくて、お前たちの上に立てますかっていうんだよ」
お互いに剣を押し合っている。
この時のヴォルフの顔は余裕の感じられるものではあるが、俺の方は少しギリギリといった感じだった。
さすがに一か月はまともに動いてないし、女になった事で少し勝手が違っているようで、動かすので精一杯といったところだからだ。この体でまともに動く時間がなかったからな。
でも、今でこれくらいできるのなら、慣れた時にはもっとよく動けそうに思えた。
「……面白い。ならば少しばかり本気でやらせて頂きましょう」
ヴォルフはそう言うと、剣を弾いて距離を取った上で仕切り直している。
この時の俺は、不思議な違和感を感じ取っていた。
(うん? なんだか雰囲気が変わった感じがするぞ)
そうヴォルグから放たれる闘気の感じが変わっていたのだ。
それが分かった俺の全身の毛が逆立つのを感じている。これは恐怖というよりはわくわく感といったところだ。興奮のあまりに毛が逆立っているというわけだ。
よく見てみれば、ヴォルフも同じような状態みたいだ。そのせいで、ただでさえ大きな体が余計に大きく見える。威圧感が増し増しだった。
「さぁ魔王様。この俺の本気、しかとお受け下さいよ」
構えがさっきまでとまったく違っている。おそらくはこれがヴォルフ本来の構えなんだろうな。
そっちがその気なら、俺もできる限りやってやろうじゃないか。
俺はどっしりと腰を落として、しっかりと身構える。攻めの構えじゃないが、こうでもないと止められない気がしたからな。
大きく深呼吸をしたその瞬間だった。
ヴォルフが俺に突進をしてきた。
(は、速え!)
さすが本気となった獣人の足は速かった。一瞬で俺とヴォルフとの間にあった距離が無くなってしまった。
だが、攻撃は分かりやすい振り下ろしだ。速度はあるがなんとか対処はできる。
ガキーンッ!
金属同士がぶつかる音が訓練場いっぱいに響き渡る。
しかし、さすがは魔王たる俺と魔王軍の中でも実力者であるヴォルフのぶつかり合いだった。
この状態から次が来るかと警戒していた俺だったのだが、ヴォルフが取った行動は意外だった。
「さすがは魔王様でございますね。これ以上の続行は不可能ですので、これで終わりとしましょう」
ふざけるなと言いたくなった俺だったが、次の瞬間に起きた現象に納得がいってしまった。
パキンと音を立てて、俺とヴォルフの持つ剣双方がポッキリと折れてしまったのだ。お互いの本気がぶつかり合った結果、剣が耐えきれなかったようだ。
少し背を向けて歩いたヴォルフは、くるりと突然振り返る。
「ようこそ魔王様。改めて我々魔王軍の兵士たちはあなた様を歓迎致します」
さっきまでの雰囲気が嘘のように、ヴォルフたちは俺の事を迎え入れてくれたようだ。
ふぅ、ひやひやしたがなんとかなったな。
「まったく、ヴォルフ様ったら何を考えてらっしゃるのですか。魔王様に剣を向けるだなんて」
ただ、一件落着とはいかなかったらしく、ヴォルフはしばらくカスミから問い詰められる事となってしまった。
カスミはキリエから俺の事を任されていたので、何かあればキリエからとんでもない目に遭わされる可能性があった。そのせいでこれだけ必死なのである。
ヴォルフの方は必死にカスミを落ち着かせようとしていたのだが、落ち着くにはかなりかかってしまったようだった。
「やれやれ、キリエの居る時にすべきでしたかね」
ヴォルフも思わず苦笑いを浮かべて後悔するくらいだった。
とりあえず、無事に魔王軍にも認められたようで、心配事が一つ減ったようだった。
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