第18話 転生者、挑発する
魔王城内の訓練場までやって来た俺とカスミ。そこでは魔王軍の兵士たちが訓練に明け暮れていた。
カスミが言うには、前魔王が倒された後は訓練が行われていなかったそうだ。
その理由を尋ねてみたら、「守るべきものを失って意気消沈していた」からだそうだ。魔族でも、そういう大義名分みたいなものは必要なんだな。
それにしても、王国の騎士団たちの訓練を思い出すな。ただ、魔族たちの訓練はそれとは比べ物にならないくらい激しいものみたいだけどな。いや、普通に魔法まで飛び交ってるよ。
「おお、魔王様だ。おい、魔王様がいらっしゃったぞ」
俺の姿に気が付いた魔族が声を上げると、他の魔族たちもこぞって俺たちの方へと視線を向けてきた。その姿に、思わずちょっとたじろぐ俺だった。
人間だったらそれなりに大きさが同じなんだが、魔族は体格差が激しすぎるな。人間の大人くらいのも居れば、子どもくらいのも居るし、逆に何倍も大きいやつもいる。ついでに言えば、全身毛だらけの俺のような獣人も居るし、鱗まみれのやつだって居る。
(改めて見てみると、魔族ってひと口に言ってもいろんなやつが居るんだな……)
俺の感想は実に単純なものだった。
かつてここに攻め込んだ時は、あまりゆっくり見てなかったからな。魔王を倒す事だけに必死で、邪魔だけどなるべく殺さないように心掛けてたから、あまり確認できなかったんだよな。キリエの事も覚えてなかったし。
俺がぼんやりと魔族たちの訓練を見ていると、ふと俺の方に違和感のある視線が向いた気がした。
それを感じて、俺はカスミの方に一度目を向ける。すると、カスミは無言でこくりと頷いていた。いや、何も言ってないんだが、どういう反応なのだろうか。俺はつい顔をしかめた。
しばらくすると、一人の獣人が俺に向かって近づいてくる。俺より頭1個以上高い背を持つ、見るからにパワーファイターっぽい感じの獣人だった。
「魔王様、お初にお目にかかります。俺はヴォルフと申します。どうぞお見知りおき下さい」
「あ、ああ。俺はセイ。ゆえあって魔王になった。こちらこそよろしくな」
挨拶をしてきたので、俺は挨拶を返して手を差し出す。昔っからの癖なせいで、手を差し出したのは無意識だった。
ところが、ヴォルフと名乗った獣人は、その手を取る事はなかった。
「……なんという弱々しい手だ」
「うん?」
ぼそりとヴォルフが呟く。俺も獣人なせいで、その呟きをしっかりと耳が拾ってしまっていた。耳がいいっていうのも、ちょっと考えものだな……。
とはいえ、聞こえてしまったせいで俺はヴォルフの考えが理解できてしまった。
彼らは魔王軍の兵士ゆえに魔王を守らなければならないのは義務であり責務だ。しかし、だからといって魔王が一方的に守られるというのは認められないということだ。自分たちを庇護できるだけの強さがあるから、魔王を認められるという話なわけだ。
瞬時に理解できた俺は、思わずニヤリと笑ってしまう。
「……では、お前に俺の力を見せてやればいい。そういうわけだな?」
「はい?」
お返しにと呟いた俺の言葉に、ヴォルフは首を傾げていた。
聞き間違いと思ったのだろうな。だから、俺はもう一度はっきりと言ってやった。
「お前たちに俺の実力を見せつければいい、そう言ったんだ。聞こえなかったか?」
煽るかのように言い放つ俺。すると、さすがにヴォルフはカチンと来たようだった。
「そうですか。そこまで仰るのでしたら、その実力、ここに示して頂きましょうか」
ヴォルフは部下に命じて剣を持ってこさせる。
持ってきた剣を受け取った俺だが、その剣を見て驚いてしまった。
(真剣じゃないか。幅広のブロードソードで重みがあるな)
そう、木剣でも刃を潰した模擬剣でもない。実戦で使う殺傷能力がある剣だった。
ずしっとしているが、女性とはいっても獣人の俺には男の時と同じような感覚で持っていられた。
軽く振り回してみるが、魔王と戦っていた時と同じような感覚で振り回せている。うん、どうやら衰えていないようだ。
「ほほう。普通に剣を扱えますか」
さすがに挑発されたせいか、俺に対する言葉遣いが少し荒くなっているな。けんかっ早いのか、煽り耐性がないようだった。
「……俺とタイマンでやり合ってみるかい?」
「いいでしょう。俺に勝てたのでしたら、その実力、認めてさし上げましょう」
俺の誘いに乗ったヴォルフは、しっかりと剣を構えている。
それが合図になったのか、訓練場に居た他の魔族たちは訓練をやめ、俺たちを取り囲むようにして見学モードになっていた。
「これでも魔王軍にその人ありと言われた獣騎士です。甘く見てもらっては困りますよ」
ヴォルフは俺にそう告げていた。
表情からも態度からもはっきり伝わってくるぜ。大した自信なものだな。
「いろいろと事情があるとはいえ、これでも先代の魔王を倒したんだからな。甘くとかいう言葉、そっくりそのまま返してやるぜ」
俺も剣をしっかりと構えた。
お互いのしっぽがゆっくりと左右に揺れ動く中、訓練場内の空気がピリッと張りつめている。
「カスミ、合図してもらっていいか?」
「えっ、あっ、はい。承知致しました」
唐突に話を振られて、カスミは慌てていた。
はてさて、今の俺はどのくらいやれるのだろうかな。確かめるにはこれくらいの実力者相手がいいってもんだ。
俺が笑えば、訓練場の緊張感がいっそう増していくのが感じられたのだった。
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