第32話 初恋です

 ちゃぶ台にみかんと湯呑みが置かれました。


「ま、取り合えず飲んでおくれやす。久しぶりの再会だすしいいお茶用意しましたどす」


 だすしってなんですか。昭和の田舎少年でもいいませんよそれ。


「早くも京都弁でなくなってますね。

 いただきます」


 以前ここに来たときに聞きました。この空間は生と死と今僕たちが住んでいる世界と異世界の狭間の場所。どこにも属していないがゆえにどこにでも行ける。


「で?ヤンデレに殺されはったってことやけども、それはひょっとしてこの前言っていた救うべき女の子と同一人物?」


「ご明察です……ま、色々ありましてね」


「色々ありすぎやろ…と言うかこの世界に何度も来る人間は珍しいどすえ」


「でしょうね」


「それで?何があってまた死ぬことになったのか教えてくれどす」


 良い顔してますねぇ。興味津々で結構なことです。


「そうですね、それではお茶請け代わりにお話ししましょう」


 僕はツボミさんにこれまでの経緯を話しながら頭の横で以前ここに来た時のことを思い出していました。


~~~~~~~~~~~~


 なんだ……ここはどこだ?え?確か僕は由良江のボケをゴミ変態から守って……そんで刺されて……


「え?もしかして死んだの?」


「死んでないけど」


「あっ、そうなの?良かったぁ、まだやり残したことが………」


 ニコニコ笑顔で片手と背中に生えてる片翼を上げる女がいた。


「初めましてツボミちゃんです。チャームポイントは翼のカーブ度合い。お仕事は女神やってます」


「不審者だぁぁ!!!!!」


「誰が不審者だ。女神だって言ったでしょう」


「ハロウィンでもないのに翼生やしている人間は不審者って言うんだよ」


「偏見だよそれ。それに、いい?ここは生と死、貴方の住んでいる世界と異世界の狭間の空間……ここに来た貴方は生と死の狭間の状況なの。そもそも不審者だなんだと言ってる状況じゃないの」


「つまり……僕は瀕死の状態だと」


「そっ。それも限りなく死に傾いてる方。コツンと突かれるだけであの世にレッツゴーの状態。瀕死って言うかもう死に臨む一歩手前って感じ。

 私のお仕事はそんなマジ死にする寸前の人間を異世界に連れていくことなのです」


「はぁ?地獄に連れていく死神ってことか?」


「こんな可愛い死神いないって。

 私が連れて行くのは異世界、そこで貴方は求める力を得てウハウハライフを送ることができるの」


「どこが可愛いんだお前」


「ぶっ飛ばしたい、この真顔。

 まぁ数万年女神しているお姉さんはこんなお子様にいちいち目くじら立てたりしないから安心して。さぁ、行こう」


 僕に手が差し伸べられた。瞬間、まるでA5ランクの牛肉を目の前にぶら下げられた犬の様な気持ちになる。本能が疼くのだ。


「さぁ、新しいハッピーな人生をこれから「やだね」……ほえ?」


 が、そんな本能的な衝動に駆られるほど僕は理性のない人間ではない。僕にはやることがあるのだ。


 どうせ今見ているこの世界は死にかけの僕が見ている幻覚だろう。だがそんな世界だろうと、いや、そんな世界だからこそハッキリてめーの意思を持つことが肝心なのだ。

 僕は僕の幻覚にも屈するつもりはない。


「異世界に転生する?それは今生きてる世界を捨てるってことか?まっぴらごめんだね」


「へぇ……でも間違いなく今よりもいい人生が送れるんだよ。貴方みたいなのっぺりフェイスで特段身体能力も知能も高くない凡人以下が王様よりも愉快な生活ができるの。一生に一度しかないチャンスだよこれ」


 うわぁ、ムカつくこいつ。ちょっと荘厳な翼が生えてるからって調子乗りやがって。


「んなこと知ったこっちゃねぇよ。僕はまだやるべきことが山ほどあるんだ……会いたい人もいるし、やりたいこともある……それに何より救わないといけない女もいる」


「どうせこのまま死んじゃうんだからサッサと行こうよ。さっきも言ったように貴方はいま限りなく死んでいる状況なんだよ。ここから回復する可能性なんてコンマのレベル。

 ここは生と死の狭間の場所、裏を返せば死んでるわけでも生きてるわけでもない場所だけど本当に死んだらここにいることもできず、転生もできなくなるんだよ」


「僕を甘くみんなよ、まだ死んでないなら絶対に息を吹き返して見せる。僕はやるべきことをやり残したまんま死ぬなんて御免なんだよ」


「後悔するよ。言っとくけどこの世界は誰でも来れるわけじゃないもの。貴方は選ばれたの。天からの甘露はすするのが利口ってもんだよ」


「僕が来たいと言ったわけでもないのに上から目線で何言ってやがんだ」


 しばらくツボミは僕を見つめた。見定めるようであり、適当に視線を這わせているだけのようにも見える。


「強情。初めて見たよ、中二病発症してそうな年頃のくせにそんなこと言う人。

 貴方を転生させないとノルマが達成できないから残念だけど、面白いから許す」


 微笑みながらツボミ目線が足元に移った。柔らかい光に包まれている。


「どうやらコンマの奇跡が起こったみたい……いえ、貴方の現世に執着する精神力が奇跡を引き起こしたのかな」


「ふんっ、どうだこら」


「殴りたい、そのドヤ顔……まぁいいや。おめでとう」


 マジで拳を握り締め、ついでに翼も拳の様な形を作ったがツボミの顔は穏やかだった。


「じゃ、元の世界に帰ってもせいぜいその強情を貫いてね。そしてせいぜい後悔のない生を全うして」


「言われなくてもそのつもりだよ………じゃあな」


「グッバァァイ、また会える日を楽しみにしてるよ」


「もうこねぇよ」


~~~~~~~~~~~~ 


 ヤンデレストーカーで超能力者に覚醒した由良江に色々あって殺されたことを説明した後ツボミさんは穏やかに笑いました。


「ウケますなぁ、助けた少女に殺されるなんて……それも女の身代わりにとか……おもろいどすなぁ……のっぺりフェイスのモテ男はちゃいますわ」


 性格の悪さは変わってないみたいですね。


「まだ殺されてませんよ、だから僕はここにいるんでしょう」


「ま、その通りどすえ……それで一応聞いておくけど異世界には?

 前と違って本当にあるってことも分かってるし、ヤンデレさんと同じように人智を超えた力を得ることも分かってるでしょう」


「愚問ですね。僕は今度も蘇りますよ……由良江みたいに確実に元の世界に戻れるって言うなら少しは考えますけど」


「元の世界に帰れるなんて普通あり得ませんわ。ヤンデレさんが元居た世界に戻れたのはそれこそ神に選ばれた、いや神の意思さえも超えた奇跡的な出来事どす。

 無数にある異世界から元居た世界に繋がる異世界に偶然転生出来て、そこから帰る方法を確立させた……それは何十年も前に大海に落としたコンタクトを拾うくらいの可能性どす」


「やっぱりそうですか……まぁそういうわけです。ツボミさんには悪いですけど転生はお断りします」


「残念どすえ……でも仕方ないですわな」


 ツボミさんは嫋やかに笑いました。


「あんさんはまだ、彼女を救えてないみたいですし」


「情けないことにそういうことです……さて」


 あの時と同じ光が僕の身体を包み込んできました。


「そろそろ時間みたいですね。思った通り、僕を殺したのとほとんど同時に由良江が回復させてくれたみたいです」


「やれやれ、二度もここに来て二度も異世界転生を断ったのも、二度も蘇ったのもあんさんが最初で最後やろうな」


「申し訳ございません。そしてお世話になりましたツボミさん」


 僕の胸に拳をコツンと当ててきました。


「全うできてない分、しっかりと強情を貫いてくるんどすえ」


「もちろんです」


 もう………覚悟は決めました。


~~~~~~~~~~~~ 


「新悟、新悟!!!」


 聞きなれた声が聞きなれない声量で叫んでいました。後頭部に柔らかいものが当たっているようです。


「……おはようございます、巫女子ちゃん」


「新悟!!良かったぁ……」


 巫女子ちゃんの顔がいっぱいに映っています。膝枕されてるんですね……光栄です。


「本当に驚いたよ、あの人に新悟がお腹を貫かれて、すぐに回復されるなんて……大丈夫?お腹痛くない?」


「はい……多分激痛で意識が飛んだだけでしょうね………」


 立ち上がり身体を軽く動かしました。問題はないようです。


「よし、それで由良江はどこですか?」


「新悟を治した後に絶叫しながらどこかに飛んでいったよ………あれが世界を滅ぼす厄災なんだよね」


「………多分そうですね…………巫女子ちゃん、少しは察しているとは思いますが齟齬が出ないように由良江と僕たちの今までのあらましを説明します……でもその前に一つ聞いてほしいことがあるんですが、いいですか?」


「え?うん……なに?」


「僕の初恋は巫女子ちゃんです」


「…………………」


「そして今でも貴女への好感度は変わっていません……むしろ大きくなっています」


 巫女子ちゃんの顔に恐ろしいほど驚愕の色が浮かび少しの間固定されていました。


「!!!?????」

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【10000PV突破!!!】自分と付き合わないなら死ぬと言ったヤンデレな超絶美少女が本当に死んだと思ったら蘇って再び告白してきましたが、それでも付き合うつもりはありません 曇りの夜空 @11037noa

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