第30話 あたしの敵だ

 あたしの人生でこんな悍ましさを感じたのは間違いなく初めてだ。


 なんなの………この人。


「由良江……くっ」


 由良江……そっか。この人が絶世の美少女にして新悟に求婚しているって言う東雲由良江さん……確かに綺麗……あたしがこれまで見てきた誰よりも何よりも美しい。


 でもただただ怖い……闇を折り重ねたカーテンで心を包まれているみたい。冷たく嫌な汗だけがダラダラと流れてる……


 自分よりも圧倒的に上の存在と出会った時にだけ感じる……これ………感じるのは一体いつぶりだったっけ……それこそ新悟がぶっちぎれた時だったっけかな。


「ただの幼馴染ですよ…僕にだって旧友の一人や二人くらいいるんですからそんな青筋立てないでください」


「単なる幼馴染にはとても見えなかったわよ……本当のことを言いなさい!!!」


 彼女は左手で掴んでいた大木をぐしゃりと掴みつぶした。


………さっきの轟音もこの子が出したんだ。それにこの禍々しいなんて言葉じゃ言い表せないほどの狂気的な闇……


なるほど。


「由良江、妙なことは考えないでください」 


「妙なことって何よ……それはつまりあんたがその雌に特別な感情を持っているっte

「ちょっと黙ってくれるかな」あぁぁ??」


 この人だ……間違いなくこの人だ……世界を滅ぼす災いはこの人だ。


「新悟、知ってたんだね」


「……弁解は後でします」


「別にいいよ、何考えているかなんて手に取るように分かるもん。

 あたしと新悟の仲だからね」


 その一言に東雲由良江はマグマのように沸騰した。今にも飛び掛からんばかりであるが、人間としての理性があるのか、それとも惚れた男の前だからなのかあたしに飛び掛かってこない。ただ魔槍のような眼光があたしの全身を貫いている。


 怖い……怖い怖い怖い怖い怖い………


「東雲由良江さん……でいいよね」


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。心の底から怖い。魂の隅まで怖い。小さいころ夜中に知らないおじさんに手をひかれた時よりもずっと怖い。


「そう憤った顔しないでよ……あたしの名前は西園寺巫女子………新悟の言っていた通り新悟の幼馴染にして」


 こうして相対しているだけでも怖い。会話なんてもってのほかだってくらいに怖い。心の準備の時間がいくらあったとしても絶対に怖さは拭えない。


 次の言葉を言うのが堪らなく怖い……怖い怖い怖い怖い。


 でも言おう、ハッキリしっかりバッチリ言おう。


 この人は敵だ、色んな意味で間違いなくあたしの敵だ。だから宣戦布告の意を込めて力強く叫ぼう。


「ファーストキスを奪った女の子だよ!!!!」


「なぜ今それを……」


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 西園寺巫女子、彼女は正義感に満ちており自分よりも誰かの為に行動するときこそ喜びを感じる少女だ。そして日々自己研鑽を怠らない、どんな苦行も荒行も歯を食いしばって耐えていく。滝行だろうが、燃え盛る火石の上を裸足で歩く修行だろうが断食だろうがこなしてきた。苦しみぬいてきた。自分自身を苛め抜いてきた。 


 ゾクゾクする……ゾクゾクする……絶対的にして狂気的なまでの恐怖。


 ああんっ♡♡♡♡♡♡さいっこう♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡今のあたし最高最凶に生きてる!!!!!!!!!


 そんな彼女は面倒くさいドMでもあった。


~~~~~~~~~~~~

 

 あたしは悟っていた。


 新悟があたしに恋愛感情を向けないのはいじめの過去のせいだけじゃない、他に理由があることは悟っていた。ただそれが何かを深く考えないようにしていた。考えるまでもなく分かるほど簡単なことだけれどそれでもあえて考えないようにしていた。そんなことを考えるより新悟がどうすればあたしに振り向くのかを考えて行動する方がいいと無理やり信じ込んできた。


 あたしは見ていた。新悟がさっきから西園寺巫女子とか言う女とあたしには見せたことのない穏やかで親し気な顔を浮かべていたことを………あたしが向けて欲しくて堪らなかった顔をしていたことを。


「なんで」


 あたしは分かっていた。新悟があたしを助けてくれたのは特別なことじゃない、たまたま助けを求めるあたしが新悟の手の届く場所にいただけの話だ。あたしにとっては何よりも特別なことであっても新悟にとっては特別でも何でもない。


「なんでなんで」


 あたしは自負している。命を懸けてまで新悟への愛を貫ける女は他にいない、あたしが誰よりも新悟を愛しているって。


 でも……駄目なの?一方的な愛じゃ駄目なの?好意を向けられればそのうち相手も好意を向けてくれるものじゃないの?


「なんでなんでなんで」


 あたしは愛している。新悟を誰より何よりどんなことより愛している。こんな気持ちを他の人間に抱くことなんてこの先の人生で絶対にあり得ない。あたしより大きな愛を持っている奴なんてこの世に存在しない。


「なんでなんでなんでなんでなんでなんで」


「由良江、落ち着いてください」


 新悟が西園寺巫女子を庇うように前に出てきた様子を見たときあたしの中の大切なものが千切れた音がした。


「なんでなのよぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 制御ができなかった。あたしの中にある普段躾けている力が漏れだし、光の束が西園寺巫女子に向かっていった。


 でも、それはつまり新悟に向かって行っていると言うことでもあった。


「危ないっ!!!」


「えっ」


 新悟が咄嗟に西園寺巫女子をその光の直線上から弾き飛ばした。女のアホ面が右に飛んでいくのと同時にあたしの力が新悟を貫く。


「ぐばっ………」


「新悟!!!」


 しとどなんて言葉では足りないほどに新悟の腹から血が溢れていく、大きな大きな穴が開いた。骨も内臓も消し飛ばしたのだ……あたしが、新悟を傷つけたのだ。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 あたしは光よりも早く新悟に近づき、聖女の力を発揮した。瞬間、傷は治癒される………


 ただ、あたしの意識がはっきりしていたのはそこまでだ。 そこからはもう、自分が何をしたのか、何があったのか分からない。


 気が付いた時には、にいにの探偵事務所の前でうずくまっていた。


「……おい、どうした由良江」


「にいに………あたし………あたし」


 事務所に帰ってきたにいにの瞳にはクシャクシャになった醜い顔のあたしが映っていた。 

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