第29話 妊娠報告って驚きますよね
自分の名前はパカー、姉さんである東雲由良江に忠誠を誓う珍獣っす。
「えっと……すいませんがもう一回言ってくれませんか?」
「だからね、私のブラコンに感服したスタープさんが弟子になったから一応お知らせしようと思って」
なんか知らないうちに魔王軍四天王の一人が姉さんの弟子になっていたことに驚愕を禁じ得ません。
そして冷静になって考えてみれば
「本当なんですよ、お兄様ったら帰ってきてすぐに私に土下座をして心を入れ替えるって仰ったんですの。正直意味が分からなかったけど濁ってきていた瞳が澄んできていたので良いことがあったのだなってすぐに分かりましたの」
「そうなの、良かったわねクレアちゃん。これからはもっと良いお兄ちゃんになってくれるでしょうね」
「ありがとうございます!もう魔王になることも強制されないでしょうし、これからお兄様がどんな風に成長していくのかウキウキなんですの♪」
四天王の内一人がすっかりご母堂様に懐いているのも尋常じゃないっすよね。
一人は異世界で惚れた女性のペット兼奴隷になり、一人は異世界で出会った女性に母性を感じて思いっきり懐き、そして一人は異世界で出会ったブラコンに尊敬の念を抱き弟子となった……
なんというかあれっすね、自分がわざわざ姉さんを守るために異世界にまでやってきた意味がない気がするのは気のせいっすかね。気のせいだと思いたいっすね。
「それで、肝心のスタープはどこにいるんすか?」
「お兄様なら今私たちのアジトでシスコンの何たるかを根っこから知るためにこの世界のシスコンものの書物を読み漁っておりますわ」
「私が厳選した漫画だからきっと彼の糧になってくれると思うよ」
「やり方が間違っていると思うんすけど」
姉さんはもちろんっすけど、姉さんの周りの人たちも………とんでもないっすね。
類は友を呼ぶと言うらしいっすけど、尋常非ざる人には同じように尋常非ざる人が集まるんですかね。
~~~~~~~~~~~~
滝にしばらく打たれた後に僕と巫女子ちゃんは石に座りました。
「ふぅ……滝行なんてここしばらくやってなかったから疲れちゃったよ」
「そうなんですか?小さい頃はよくやってたじゃないですか」
「最近は他にすることが多くってさ……ああそうだ、お茶持ってきたんだけど飲む?」
「ありがたくいただきます」
良いですね。再会して間もないのにこの気の置けない感じ………癒しです。こうして何事もない時間を過ごしているだけで自分が普段いかに神経をすり減らしていたのかを自覚できますよ。しかも由良江が見ていないと分かっていればその気持ちもひとしおってものです。
「それでさ新悟、この世を滅ぼす災いについて「こうしてると昔のことを思い出しますね!!」う、うん、そうだね」
未だに僕は災い(由良江)について巫女子ちゃんに話せないでいます……どう切り出せばいいのか、切り出した後僕は何をどうすべきなのか分からないのです。
ただ、世界を救う方法は分かっています。一+一よりも簡単な答え……僕が由良江と付き合いセックスし結婚すればいいのです。さすれば由良江が凶行に走るようなことは未来永劫訪れないでしょう。
頭では分かっています……でも………それは嫌です。よく目の前の人一人救えない奴が世界を救えるかよとか少年漫画の主人公は言います。それ自体は僕も正しいと思いますし、憧れます。
しかし、自分自身を救う対象にカウントしない主人公は憧れません。自分自身も他の全ての生命と同じく尊いものであることを自覚すべきです。美しい自己犠牲なんてものはこの世界にないのです。
「……そういえばさ、田中くんと吉野丘さんがつきあったんだよね」
「え!?あの犬猿の仲だった二人がですか?サッカースポーツ少年団エースの座を争って殴り合いまでしたあの二人が???」
「あはっ、やっぱり新悟的にはそこで印象止まってるよね。でもあれから二人で一緒にサッカー部を盛り上げていつの間にかお互いに惹かれていたみたいなんだ」
「そんなラブコメみたいな展開があったんですか?」
「あったんですなぁ、これが。あたしは二人のお節介焼きながら仲が進展するのを見てたもんですわ」
「ほぇぇ………」
給食早食い対決やリフティング対決など何かにつけては勝負ばかりしてたあの二人が……いつも張り合って何かにつけてはお互いの悪口を目の前で言い合っていて…時折ラッキースケベ的ハプニングも起こしていたあの二人が…あれ?今思うと結構お似合いだった気もするような。
「で、今吉野丘さんのお腹に子供がいるの。今確か……4か月くらいだっけ」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!?????????????????????」
な………
「なんですってぇぇぇ!!!!!!!!!!!????????????????」
「あはっ、驚くよね……そりゃまぁ驚くよね。まだあたし達高2だもん。あたしも初めて聞いた時は目玉飛び出るくらい驚いたよ。
でも二人ともすっかり覚悟決めちゃっててさ……そうなったらもうクラスの皆も親戚一同さんも応援するしかないじゃん」
「そう言うことに大らかな土地だとは思っていましたが……って言うかもう………とりあえずお幸せになってくださいとお伝えください」
「イエッサー」
どこかの軍人のように敬礼しながら笑っています。
「守るものを得た人間ってのは強くってさ、二人とも昔からは考えられないくらいしっかりしてて、田中くんなんて高校生やりながらバイトかけもちしてるんだよ。勉強も一生懸命だし、頭下がるんだよね。子供が生まれる前に二人……いや、三人暮らす準備を整えるんだって必死なんだから」
「父親の自覚が出たんですね」
「それでさ新悟は子供欲しい?」
「…流石にまだ早いかなって思います……僕なんてまだまだ悟り足りない未熟ものですし」
「いやいや、今すぐってわけじゃなく将来的だよ。将来」
「ああそうですよね……そりゃそうですよね。
僕は欲しいと思っています………血の繋がった肉親が」
「あっ………ごめんなさい……」
「別にいいんですよ。今更ですし、気を使ってもらう方が辛いくらいです」
そもそも僕がこっちに引っ越してきたのは両親が亡くなったからです。その後ほとんどつながりのなかった母方の祖父に育てられたのですがその祖父も去年亡くなりました。
「巫女子ちゃんには感謝してるんですよ」
僕は懐からK・Sと刺繍のついたハンカチを取り出しました。
「あっ、それ」
「引っ越しするときに餞別として巫女子ちゃんがくれたハンカチです。引っ越したばかりの時は結構これに助けられたんですよ……僕は一人じゃないって思わせてくれているようで」
「もうっ、くさいこというなぁ……まぁそういう意図であげたから何にも言えないんだけど」
「僕の宝物です」
「うう、恥ずかしい……って言うか言ってる方も恥ずかしいと思わないの?」
「恥より感謝を伝えたい念の方が強いので問題ありません」
「むしゅぅぅ」
明後日の方を向いて時間をかけるようにお茶を飲み始めました。
「ねぇ……それでさ新悟……新悟って今この人の子供が欲しいとかってある?」
「……なんですか急に」
「普通の会話の流れだとおもうけどなぁ……でさ、どうなの?いるの?いるの??」
グイグイと近づいてきます。昔と同じようにパーソナルゾーンなんて知ったこっちゃない感じに。まったくもう滝行用の服から覗く谷間がなんとも目に毒ですね。もう大人の女性になったことを自覚して欲しいものです。
そう…お互い大人になったことを………
「そういう相手は特にいませんね」
「本当?とっても綺麗な人から求婚されてるんでしょう」
「だから昨日も言ったように僕は恋愛感情がないんですよ」
「ふーーーーん」
全てを見透かそうとするかのようにじっと見つめてきました。
その時
バキィィィイィィ
木がへし折れる音が聞こえました。
「………へぇぇぇぇ」
「なに?なになになになになに!!!????」
…………しまった。千里眼も地獄耳も使えなくなったと聞いて完全に油断していました…浮かれていました…そもそも死ぬ前は普通に堂々とストーキングされていたことを忘れていました………
「新悟………その女……………誰なの????」
地獄の底の底まで沈んでいくようなトーンと共に現れたのはやはり由良江でした。巫女子ちゃんを貫かんばかりに睨みつけています。
「どういう仲なの!!!!!????????」
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