第28話 格の違い
俺の『憑依』は相手の精神を完全に侵食し、相手の精神を乗っ取った後に肉体を乗っ取る。
だから精神力の強い奴ならば多少の抵抗をすることはある………とはいえそれは抵抗という言葉を使うのもおこがましいレベルのくだらないもので、実質憑依を上手く発生させることができれば100パーセントの確率で成功させてきた。
なのに………なのに…………
「貴方の『憑依』、多分精神を侵食して肉体も乗っ取る能力なんだろうけど……私には効かないよ。どこから浸食されていくのか、そしてそれにどう抗えばいいのかコツはもう掴んだからさ」
「くっ………」
浸食が進行していかない……何故だ………こんなこと初めてだ。何故だ……何故なんだ。
「調子に乗るなよ小娘……俺の憑依は神さえ抗えなかったのだ!!!ただの人間程度が抗えるわけがないだろう!!!!!!!!」
「じゃあその神様よりも私の方が精神力強いってことじゃないの?」
さらりと、余裕綽々で口にする。そして実際に神にさえできなかったことを事実この女は楽々と出来ている。
「………よしっ、もっとコツは掴んだ。こんな感じだね」
何を言っている?
「深淵を覗き込むとき、深淵もまた君を覗いている……ってね」
グオォッ!!!
「なっ!!!????」
なんだ…………この感覚は…………俺の………俺の精神が………
「貴方が今私にしているのと同じことを貴方の心に使ってみたよ……どう?初めてにしては上手いもんでしょ」
「グォォォォ」
こいつ……何故だ……抵抗どころか……………俺の方が吞み込まれているだと。
「お前は………何者なんだ?」
「とっくにご存じなんでしょう。異世界からやってきた刺客に心と体を乗っ取られそうになっている哀れな人間にして、世界一可愛い伊織のお姉ちゃん。
聖なるブラコン、百目鬼乙葉だよ!!!!」
聖なるブラコンという聞きなれない言葉に一瞬たじろぐもそれでも気を確かに持つ。
「ねぇ、この空間が何だか分かる?」
「急になんだ?」
「伊織だらけでしょ……ここにはね、伊織関係のものだけを集めた空間なんだ。そして貴方がさっきまでいたのが伊織と関係ないものを集めた空間、重い重い扉で分けてた理由は分かるかな?」
「知るか!!!」
「伊織が好きすぎて普通の思考とは分けておかないと日常生活に支障を来すからだよ。ご飯を食べる時も、友達と話しているときも、趣味に勤しんでいるときも、いつでも何をしていても伊織のことばっかり考えていたら不便でしょう。だから伊織の空間とそれ以外に分けたの……そしたらビックリ、伊織を愛する気持ちだけで」
百目鬼乙葉は大きく腕を広げてはちきれんばかりに笑う。
「宇宙みたい広い空間ができちゃった!!!まだ15年と少しの人生でこれだからこれからまだまだこの宇宙は広がっていくよ。いやぁ、我ながら誇らしいね、愛は宇宙を創る!!!そして私はこれだけの愛を制御している、自分自身の自制心も目を見張るレベルだと思わない!!??
流石は可愛くて優しくて志高い伊織のお姉ちゃんだと思わない?おかげで精神力も並じゃないから!!」
不意に百目鬼乙葉の纏う空気が変わった。
「今、貴方の心に入り込んでいるから分かる。可愛い妹さんがいるんだね………そして貴方はそんな妹さんのことを愛してやまないでいる。いわゆるシスコンって奴。
でも………貴方は妹さんのことを本当に想っちゃいない………同じ弟妹を愛するものとして私はそれが堪らなく腹が立つ」
「てめぇ、何をほざいている?俺は誰よりクレアのことを愛しているし、クレアのことを第一に考えている………俺の中に入っているなら分かるだろう。俺が今こうしているのもクレアを魔王にするた「黙らっしゃい!!」ひっ!!!!」
熱い叫びが俺の魂の奥にまで響いた。
「その魔王にするって言うのにクレアちゃんは納得してないようじゃない。そもそもまだ6歳の経験の浅い子供がお兄ちゃんに将来を決められるって言うのは途轍もない苦痛になるんだよ!!」
「貴様には分からないだろうが、クレアは魔王になる器の持ち主なんだよ。そうしてやることがあいつにとっての幸せなんだ」
「………貴方の心に入り込んだって言ったでしょう。もしかして、自覚してないのかな?」
俺の目をくりぬかんばかりに凝視してきた。
「魔王になりたいのは貴方でしょう。ただ、貴方にはそれだけの才能がなかった」
「!!!?????」
「一度は諦めたけれど、そんな中妹のクレアちゃんが生まれた………自分とは隔絶した才能を持つ妹を貴方は思いっきり愛した。それだけならよかったのに……それだけなら真っ当なシスコンだったのに………いつしか貴方は自分が果たせなかった夢をクレアちゃんに託した……いえ、押し付けようとした」
………う………そんなことは………
「自分の夢を叶えるのは自分でしかあり得ないの……相手が夢を継いでくれるならいい、でも押し付けるなんてのはもってのほか。
それは妹よりも自分のことが大事だってことの証明だよ!!!!」
「ち……違う………俺はクレアの為に」
「誰かの為にって言う言葉の裏には必ず、自分の感情が隠れている……自己満足って感情がね。別に自己満足自体は否定しない、そもそも愛するってこと自体が自己満足みたいなもんだしね。でも自己満足が主目的になるなら話は別だよ。
良い?どうして私達兄姉が弟妹よりも先に生まれるのか分かる?
先に道を歩き、自分の生き方を背中で語るためにいるんだよ。そしてその背中で相手を導くの。
自分の背中に憧れてついてきてくれるならそれもよし、背中を見て別の生き方の方に魅力を感じるようなそれもよし、もし道を外れるようなことがあれば正して上げるために誘引するような光を放つのもまたよし、自分を超えて見ろと語るのもまたよし!!!」
俺は………俺は………………
~~~~~~~~~~~~
『伸び伸び大きくなって見せますわ』
『ほえぇ、私って才能あるんですのね。これをお兄様やお友達の皆様の為に使いますわ』
『お兄様、私はお兄様の妹で良かったですわ』
『俺はクレアの為に生きるよ』
『なら私もお兄様の為に生きますわ。お背中はお任せください』
~~~~~~~~~~~~
俺は
「でもね、後ろにいる弟妹を無理やり引っ張っちゃ駄目なの…自分の足で自分の信じる道を歩かせてあげて…愛しているなら自分らしく真っ当に生きていけるように信じてあげて!!!独りよがりな愛を押し付けるなんて言語道断!!愛とは、相手に心を受け入れられて初めて意味を成すの!!!
今の貴方にはシスコンの資格なし!!聖なるシスコンなんてもってのほか!!!!」
気づけば涙が溢れ出ていた。悲しみと怒りと何より自分自身への不甲斐なさがとめどなくとまらない。
「貴方は単なるダメ兄貴のままで終わるの?それとも聖なるシスコンになりたいの?」
……格が………違う。
気づけば俺は思いっきり額を地べたにこすりつけていた。
「御見それいたしました!!!
魔王軍四天王の一人スタープ、全身全霊をかけて貴女に御見それいたしました!!!心を入れ替え、これからは……聖なるシスコンを目指して精進いたします!!!!」
「………本当に?」
「はいっ!!」
俺の心のモヤモヤは無くなった。今なら胸を張ってシスコンだと言えるだろう……しかし聖なるシスコンと言うのが乙葉様のレベルに至らなければいけないのならば今の俺では全く到達していない。
「本当みたいだね……目を覚ましてくれて嬉しいよ」
「恐縮です。
そして、非常に手前勝手な願いではありますが………よろしければ俺のことを貴方の」
目の前に手を差し伸べられていた。
「兄姉は弟妹の前を歩くもの……でも隣を見れば同じ立場の兄姉がいるんだよ。シスコンになった貴方は私の同士」
「………ありがとうございます。ただ、許されることなら」
「何かな?」
「弟子にしてください……俺も聖なるレベルに至りたいんです」
乙葉様は笑みを浮かべた。
「もちろんいいよ」
~~~~~~~~~~~~
…………私があまりにも低レベルすぎてついていけないのでしょうか…それともガラスを通し別世界が映っているのでしょうか……
「それでは改めましてこのスタープ、百目鬼乙葉様の弟子として聖なるシスコンの極みに至るように精進いたします!!!」
「うんっ、シスコンとブラコン、目指すものは違えども弟妹を愛するという根っこは同じ。ガンガン鍛えてあげるよ」
見知らぬ男性がタオルだけを身に着けた乙葉の前で跪いています……私には分かります、あの跪き方は真の屈服を誓ったもののみに出来るフォーム。
「……凄い………」
「小鳥遊たん」
「どうしましたデリーさん」
「乙葉の前にいるあれ、俺と同じ魔王軍四天王の一人のスタープって奴だ。
いったい何が起こったのだ???」
「ほほう、そうなんですか」
何があったかは正直分かりません……しかしこれだけは言えます。
「乙葉がスタープさんを超越した存在だったってことでしょうね」
流石は由良江様の次に才気あふれる女性ですね。
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