第26話 他の女の匂いがする

 ご飯を食べて、お風呂に入った後に部屋に戻ります。


「クレアさんったら館母さんにかなり懐いてましたね。ふふふ、愛らしいことで何よりです」


 そして部屋の扉を開けるとホラーゲームのワンシーンのようにいきなり由良江が飛び出し僕に抱き着いてきました。


「新悟新悟新悟新悟新悟新悟!!!!!!!!」


「ちょちょちょ、急にどうしたんですか?」


「こっちはあんた不足で死にかけてるのよ!!ああもうっ!!!!」


 僕の身体に思いっきり自分の身体を密着させていき、0距離どころかそれよりもっと近くまで行こうという強い気概が感じられて仕方ありません。


「ああこの顔、この身体、この匂い、この感触、この味、この鼓動……不足されていた新悟成分が補給されていくのを感じるわ」


「あの、一体何があったんですか?これまでこんなことなかったじゃないですか」


「ほひゅぅぅ」


 ダメだ、聞いてません……


「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き」


 ……………はぁ……………


「由良江」


「あら?何かしら?」


 ようやく反応してくれましたね。


「どうしたんですか?」


「それがさ、聞いてちょうだいよ。あたしは今日もいつものようにあんたの監視をしていたんだけどさ、ある時からぷっつりと監視ができなくなっちゃったのよ」


「???それはつまり、千里眼や地獄耳が使えなくなったってことですか???」


「そうよ。ただしあんただけね……本当に意味が分かんないわ」


 なるほど、だから僕と巫女子ちゃんが二人きりでいても現れなかったってわけですね。だとしたら巫女子ちゃんの部屋に行っても殺人事件は起きなかったかも


「それで新悟……あんたから嗅いだことのない女の匂いがするんだけど………どういうことかしら?」


 どういう嗅覚してんですか貴女。さっき風呂入りましたよ。


「………」


「なに、言いたくないの?」


「いいえ、貴女の嗅覚に驚嘆していただけです……パカーさん並みですね」


「あんた限定よ。なんかイモっぽい匂いね……」


 ………ったく。


「幼馴染ですよ。偶然再会しましてね、少し二人で遊んでたんです」


「はぁ??あんた、あたし以外に幼馴染なんていたの??」


「いますよ」


 そして貴女は幼馴染ではないです、幼いころは全く馴染んでないですからね。


「………ちっ。まぁいいわ。あんたの過去改変は流石のあたしでもできないからね……でも覚えていなさい、あんたはあたしの物であり、あたしはあんたの物だってことをね」


「嫌ですよ。お互い自分自身の人生を全力で生きましょう」


「あたしがそうしたいの」


 我が強いのも考え物ですね。


「とにかく、他の女の匂いがこびりついているなんてあたしには耐えられないわ。あたしの匂いで上書きしてあげる」


 そうして身体をこれでもかと言うくらいに僕にこすりつけてきました。愛車を洗うお父さんたちのように、愛しい子供を抱く母親のように。


 しかしまぁ……やっぱりあれですね。ここまでされてもどういうわけか由良江のヤンデレ行動には心を動かせないんですよね………普通に笑ったほうが絶対にいいのに。


「由良江、もっとおしとやかに行動してくれませんか?」


「嫌よ、あたしは押せ押せ押せの生き方だっていつも言ってるでしょうが。

 あんたはあたしの愛を黙って受け入れてちょうだい」


「そういう考え方はダメですよ。僕のことが好きなら僕のことをもっと尊重して「五月蠅い口ね」……っ」


 僕の唇を唇で塞ぎました。最近は新婚カップルかってくらいによくこれをしてきます。


「新悟……あんたがあたしに惚れる時を待ってるわよ」


「今のままじゃ一生あり得ませんよ」


 ………昼間の男性も広義で言えば恐らくヤンデレに入るんでしょう。愛するがゆえに盲目になり、愛するがゆえに深く相手のことを想い、そして反転して憎しみになる………由良江が僕に攻撃的にならないのはあの男性よりも心が良くも悪くも余裕があり、同時にタフだからでしょう。


 ………由良江が取り返しのつかない状態になる前に、またしても自分の命を絶ってしまうことのないように、そして世界を滅ぼそうなんて思う前に、そして何より僕なんかを愛してくれた由良江の誠意に真正面から応えるために…………


 僕は由良江を救わなければなりません。


「新悟ぉぉぉ♡♡♡♡♡♡♡♡♡」


 それこそ僕が僕に課した使命です。


 それから由良江が僕成分を思いっきり吸収するためと言って一晩中僕を堪能した後にすやすやと胸の上で眠りました。


「………やっぱり普通の時は、ただの絶世の美少女なんですよね」


 でも、その美少女っぷりが圧倒的だからこそ、僕以外に叱ってくれる人もいなかった……嫉妬さえもろくに受けることがなかったんでしょう。

そのように考えればこの顔はなんとも………


「いえ、そんなことを想うのは止めておきましょう」


 外見に貴賎なしです。 


~~~~~~~~~~~~


「お兄様、ただいま帰りましたわ!!」


 私の名前はクレア、魔王軍四天王の一角にして『創造』の力を持つ天才ガールですわ。現実的に絶対にあり得ないもの、例えば絶対になんでも切れる剣や、絶対にどんな衝撃にも耐えられる盾とかでなければなんでも作れますの。


 そんな私は私の力で作った地下室でまつお兄様に笑みを送りました。


「おお、遅かったじゃないか我が愛しい妹よ」


「うふふ、少々楽しさが爆発しまして。鬼畜聖女様にはお会いできなかったんですが「ん?」あっ」


 しまった。お兄様には内緒だったんですわ。


「クレア、お前そんな危険な行動をしたのか?」


「申し訳ございません……でも「でもじゃないだろう」……うう」


 お兄様は腕を組んで私を見据えます。


「お前は俺の自慢にして愛しい愛しい妹だ」


「はい……」


「だから勝手なことをするんじゃない。お前に何かあったら俺はもう……生きていけないんだぞ」


「すいません………」


「いや、良いんだ……反省しているなら良いんだ……ただ、勝手な行動は控えてくれ。

 お前には輝かしい将来があるだろう。空いた魔王の玉座に座るのは魔王軍最高の才能を持つお前であるべきなんだ」


「別に魔王になんて興味ないんですの」


「いいか、将来お前は俺に感謝することになる。お前はまだまだ小さな妹なんだ。人生経験豊富なお兄様の言うことを聞くんだ。

 とにかく、魔王になるためには周りを納得させられる実績が必要なのだ。だからこそ東雲由良江の首を取る必要がある」


「………そんなこと本当にする必要ありますの?」


「あるんだよ。

 まぁいい、今日はもう休め……俺の方で東雲の首を取る作戦はもう出来たからな、俺の方で作戦は進めておく、お前は俺の指示が来るまで待機だ。分かったな」


「分かりましたの」


 お兄様は野心に満ちた瞳をギラリと光らせました。


 ………物心ついた時から唯一の肉親であるお兄様………私の頼れるお兄様。

 でも……魔王様が倒されてからのお兄様は調子に乗りすぎな気がしますの………鬼畜聖女様に手を出して本当に大丈夫なんでしょうか………


 心配ですわ。未来を見れる道具が創造できないのが口惜しいですわね。

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