第23話 悟ってるんですよ

 そういえば、あの日もこんな厚い雲が太陽の光を遮り、風鈴の音が魂にまで涼しさをもたらす日でしたね。


 当時小二だった僕と巫女子ちゃんは駄菓子屋に足を運んでいました。童心を忘れない柔和な笑みをいつも携えているおばあちゃんに挨拶をします。


「おばあちゃん、買い物に来たよ」


「おやおや、新悟ちゃんに巫女子ちゃんいらっしゃい」


「やおよろっす。おばあちゃん、今日来たのは他でもないの」


「例の件だね」


「そう、察しが良いね……流石はおばあちゃん」


「お前ら遠足のお菓子を買う程度のことをさも大それたことのように言うな」


「何を言ってるんだい新悟ちゃん!!貴方達にとって遠足のお菓子選びはオリンピックの決勝戦に等しいほどの大事だよ。心して挑みなさい」


「その通りだよ。まったく、新悟ったら覚悟が足りないよ覚悟が」


「僕か?これ僕が悪いのか?」


「「そうだよ」」


「はぁ……まぁいいや。さぁ選ぶぞ」


「よっしゃぁ、300円の真髄を見せたげるからね!!」


 お菓子の値段は合計300円、この値段ピッタリにおさえなおかつ満足感を得ることができるラインナップを用意する……遠足前の子供たちにとっては一大イベントです。まぁ今思ってもおばあちゃんや巫女子ちゃんの意気込みは異様だと思っていますが。


 そして僕はこのお菓子選びで一つの壁にぶつかります。


「…………どう頑張っても305円になってしまう………だと」


「ありゃりゃ、新悟ちゃん惜しかったね。何か代えないと」


「んなことできねーよ。僕が厳選に厳選に厳選を重ねまくってついにこいつらに決めたのに………これ以上代えることなんて僕には………出来ない……したくない」


「だが、300円と言う壁は超えちゃダメなんだ……それが小学生の鉄則なんだよ」


「っく……くそ、僕はなんて無力なんだ」


 僕の魂の涙が漏れ出そうなまさにその時、柔らかい手が肩に置かれました。


「新悟、ルールには穴ってもんがあるんだよ」


「なんだと。一体どうすればいいんだ!!??」


「あたしとおかしのお小遣いを合算すればいい、そうすれば600円になる」


「なっ、そんな真似したら巫女子ちゃんの買いたいものが買えなくなるんじゃ」


「実はね…偶然なことにあたしがピックアップしたのは295円なんだよ。だから………いける!!!!」


 僕の喉がごくりと鳴りました。


「あたしと新悟はニコイチみたいなもんだし、行けるよ………さぁ、新悟この提案……飲む?当然当日はお菓子の交換をすることになるけれど」


「………」


 僕は深く深く頷きました。そして固い握手を交わし合ったのです。


「さぁこれであたしたちは運命共同体だよ。一緒に遠足に挑もう」


「おいおい、僕はとっくの昔に運命共同体だと思ってたぞ。一生一緒だって言ったじゃん」


 にわかに巫女子ちゃんの頬が赤くなっていきました。


「………っ、恥かしいこと言うなぁ新悟は」


「あん?そんなに恥ずいか?」


「恥ずかしいもんっ」


「あらあら、青春ねぇ」


 おばあちゃんがやけに色っぽい声を出したのが一番記憶に残っています。


~~~~~~~~~~~~


 ああ、結局この一件が先生にバレて軽くたしなめられたんですよね………まぁおかしも分け合ったし良い思い出です。


「よくも俺の純情を弄びやがったな!!!!お前にいくら使ったと思ってやがる!!!」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」


 今この場面もいつの日か良い思い出になりますかねぇ。


「新悟、どうしよう」


「そうですね……周りのお客さんも怖がっていますし、何より美由子さんと言う人がこのままでは危ないです……ちょっと待っててください」


「何する気?」


「見ててくださいよ」


 僕はおもむろに激昂している男性の元に近づきます。美由子さんにばかり気を奪われているようで僕のことなぞ少しも気が付いていません。


「お前が俺のものにならないなら………お前を殺して俺も「それはダメです」……!!??」


 ナイフが僕の方を向きました。普通ならば萎縮してしまうシーンなのですが僕が悟っているおかげなのか、それとも普段ナイフどころか剥き出しの日本刀よりヤバい女を日常的に相手取っているせいなのか少しも恐怖心が湧いてきません。


「そんな真似をしても誰も幸せになりません……どうか気を落ち着けてナイフを下げてください」


「五月蠅い!!お前に何が分かる!!!」


「………だいたい予想は出来ますよ………貴方の発している歪んだオーラは僕の良く知っているものと似ていますから」


 ゆっくりと手を合わせて自分の魂の一部を撫でるようなイメージをします。


「だからこそ、僕は貴方を救わないといけないんですよ」

  

~~~~~~~~~~~~


 あたしの名前は西園寺巫女子、とある使命をおっている高校生だよ。


 偶然再会した幼馴染の新悟とパフェを食べていたら恐らく水商売の女性に本気になって破産したであろう男性が白昼堂々暴行を加えようとしている場面に遭遇した……これだけでも相当に珍しいと思うけど今のあたしはそんなものよりずっと珍しく……そして神々しいものを目にしていた。


「新悟……マジ」


 新悟から眩い後光が差していた。和やかで穏やかで目にした人全てを救ってくれそうな優しい光……なんて新悟らしい光だろう。


「貴方は愛が暴走しています……しかしそれはそれだけこの美由子さんがお好きだったことの証左です。それは間違いないでしょう」


 新悟の後光に当てられた男性は動きを止めている。そんな男性のナイフを新悟は優しく取った。


「その強い想いは決して悪いことではありません……むしろ人間として真っ当に素晴らしいことです。しかしその想いを相手に押し付けてはいけません。硬い壁にものを押し付ければ必ず形を変えてしまうものなのです……相手が受け入れてくれなければ歪んでしまうのです。相手に自分の想いを受け入れるのを強要してはいけません。相手のことを思っているのならばなおさらです」


 何か酷く実感がこもっているような気がする。


「なんだ………お前は俺の愛が間違っているって言うのか!!??俺がいくら金をかけたと思ってるんだ!!!好きなんだから金をかけたんだ、金を使ったんだからそれ相応の対応をしてもらう必要があるだろうが!!!」


「貴方はお金で愛を買えば満足なのですか?そんなものが本当の愛なのですか?

貴方が彼女に抱いた愛情はお金で買ったものなのですか?」


「そ……それは…………」


「愛はそんなものではないと、貴方は知っているはずです」


 男性は何も言い返すことができず、口をつぐんだ。


「愛は一人でも作れます。一人でもいくらでも大きく深く強いものにすることができます。

 しかし恋は一人で作ることはできません。二人の愛を重ねて成熟させていくしかないのです……だからこそ愛は一方的ではいけません。それではどれほど美しい愛もいずれ歪んだエゴに成り果ててしまいます」


 新悟がにこりと微笑んだ。全てを包み込むような笑みだ。


「相手を身体と魂をしっかり見据えてください。そして思いやってください」


 瞬間、あたしは自分の目を疑った。新悟の背後に見える……何もかもが………森羅万象の全てが見えるのだ。


「そうすれば幸せになるはずです。相手も、そして貴方自身も」


「……う……うおぉぉ……」


「愛は幸せになるためにあるんですよ。

 何かあったらいつでも僕に相談してください。若輩者ですが、いくらでも付き合いますよ」


 男性の双眸から涙が溢れてきた。新悟の前に両の腕をつく。


「……………俺が………悪かった」


 ………凄い新悟………凄いよ。


 身体が震える。こんな感情になるのはいつ以来だろう。


 新悟、貴方はあたしと別れてからいったいどんな経験をしてきたの?ますます魅力的になってるじゃん。


 ドキドキドキドキドキドキドキ


「それでこそあたしの新悟だよ」


 呟いた自分の言葉にあたしは気が付かなかった。

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