第14話 このキスは忘れないわ

「ねぇ貴方、名前はなんていうの?」


 出会いはなんともありきたりで、何の面白味もなかった。


「あたしは東雲由良江、宜しくお願いね」


「どうも、僕は神楽坂新悟だよ」


「へー、新悟って言うのね」


「いきなり下の名前かい」


「そっちの方が嬉しいでしょ」


「別に」


 なんだこいつは、そう思って顔を横に向けると由良江がグイっと無遠慮に顔を近づけてきた。そして眩いほどの笑みを浮かべる。


「ねぇ……あたし可愛い?」


「はぁ????別に。可愛いだけどそれが何か?」


 見た目からして住む世界がまるで違うと思っていたこの女と長くて、良くも悪くも濃い仲になるなんてこの時は思っていなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 そう………完全に予想していなかった。


「てめぇ、異世界に来てまで調子に乗るのもいい加減にしろよ」


 こいつの為にこんなにブチ切れることがあるなんて今の今まで思いもしなかったよ。


「今の僕はそんなに優しくないんだ………さっさと去れ」


「随分と偉そうだな」


「聞こえなかったのか?帰れって言ってんだ」


 近くに落ちていた石ころを握り締めて一歩近づく。


「最期の通告だ……手を出す前に帰れ」


「そこから退け」


「あっそう」


 もう僕は考えていない。ただ石ころを握り締めたまま右ストレートを放った。鼻面に当たった感触がする。その感触が脳みそに届く前に左手でもう一撃を食らわす。


「おらぁぁぁぁ!!!!!」


「おまっ……なんて野蛮な奴だ」


「人に死ねなんて言うボケに言われたくねーよ!!!」


「でも……弱いな」


 渾身の一撃のはずだったのにろくに痛がっている様子もない。クソが、基礎スペックが違うってことか……僕よりはるかに強いってことか………


「どうでもいいけど」


「え?」


 もう一発、さらにもう一発。


 効いていようがいまいが関係あるか、雨だれ石を穿つ、塵も積もれば山となる、一ダメージでも重ねれば必ず魔王も倒れるんだよ。


「お前………うざいな」


 奴は拳を放った。なんともぞんざいな動きだったがしかしそれは僕の身体をわたぼこりのように軽々と吹っ飛ばした。痛みが全身に巡る。


「ぐぼっ………きかねぇな」


「やせ我慢にすらなっていないぞ。本当にうざい奴だ」


 野郎は一歩下がって先ほど由良江に放ったものと同じ光を手に集めた。


「お前みたいな弱いくせにヒーロー気取りのうざったらしい野郎の心は徹底的に潰すって決めてるのだ」


 そして光が放たれた。とてもじゃないがよけられる速度ではない……仮によけられたとしても由良江に当たってしまいそうだからよける選択肢はない。


「ちっ」


 ……………来た………………こいつが僕のトラウマ………一番辛かったトラウマ………


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『ひゃーっひゃっひゃひゃっ!!!!!!!新悟ぉぉぉぉ、苦しい???苦しいかしらぁぁぁぁ??????ひれ伏しなぁい!!!!!!!!!!!!』


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 …………ああそう。


「どうだ、お前はもう動くこともできまい。己の過去に押しつぶされ絶望するが「おらぁぁぁぁ!!!!!」あれぇぇ???」


「ちっ、やっぱり碌なダメージがねぇか……」


「ちょっと待て!!!お前、どうして普通でいられる!!!???確かに手ごたえはあった!!!お前のトラウマを呼び起こしたはずだ!!!!!!!!」


「あ?確かにくそったれな記憶が出てきたけど……だからどうした?」


「は?」


「生憎ながら僕は死ぬほど苦しい記憶なんて山のように持ってんだよ。耐性ありすぎてぶっちゃけ慣れ親しんじまったくらいだ。癇に障る高笑いが脳内にリフレインするだけでいつの記憶か分かんねーくらいだ。

 ま、何が言いたいかって言うとな」


 気合を込めろ。


「てめぇごときの雑魚助じゃ、どうあがいたところで僕の心を潰すことなんてできねーよ」


「馬鹿な」


 そして放て。


「ゴラァァァァァ!!!!!!!」


 この一撃は間違いなく芯を捉えた。デリーの身体が宙を舞い辛うじて形を保っていただけの窓ガラスに当たる。その衝撃に耐えられなかったのであろう、窓ガラスは破壊され、デリーの姿は外に消えていった。


「…………ふぅ…………どうだごら」


 勝った………わけじゃねーよな。単に運よく吹き飛ばせただけだ………でも別にいい。それより由良江だ。


 僕は涙を流しながら地面に伏している由良江の肩を掴んだ。


「おい、由良江!!!僕だ、しっかりしろ!!!!」


「……ごめんなさい…………ごめんなさい…………ごめんなさい」


 ボロボロと美しくも哀しい涙が僕の身体に降っている。


「………思ったよりも重症だな………こいつは」


「姉さん」


「由良江様」


 いつの間に入っていたのか二人が心配そうな目で由良江を見つめている。


「…………ちっ」


 相も変わらず世話の焼ける女だ。


 無理やり顔を起こして由良江の瞳を真っすぐに見た。心ここにあらずと言った様子の由良江の唇に僕の唇を合わせる。


 チュッ


「…………………」


 舌を由良江の口内で暴れさせる。誰よりも何よりも生々しく、蛇が這いずるように。


「………!!!!!!!!!?????????????」


 瞳にこれでもかってくらい生気が戻った。すると由良江の舌が僕のそれよりもずっと生々しく、まるでもう一人の由良江が宿っているかのようにいやらしく淫靡に暴れまわる。


「ぷはぁっ。てめぇ、いきなり生き返りすぎだろうが」


「新悟!!!!」


 強く抱きしめられた。心臓の音がうるさいくらい伝わってくる。


「あんたって奴はもう、こんなどさくさに紛れてあたしにキスするなんてなんて憎い奴なのかしら!!!もっとやりなさい、いつでもやりなさい!!!!!!!!」


「アホ抜かせ、これが一番手っ取り早くてめーが楽になる方法だと思ったからやっただけだ。人工呼吸みたいなもんだ」


「もうっ!!照れ屋なんだから」


「照れてねーよ。んなことよりもう平気か?」


「ええっ。あんたのあたしへの愛はどんな良薬よりも効くわね」


 確かに想像以上の回復っぷりだ。ヤンデレにはこいつが効くのかな。


「愛してねーよ」


「ビンビンに感じたのよ………さてと、あの変態ストーカー野郎………よくもやってくれたわね……1兆倍にして返してやるわ」


 そして僕たちはデリーを追って出てみたがすでに姿をくらましていた。


「パカー、あのアホの匂いはする?」


「すんません……あの野郎匂いを消す術でも使ったのか何にも感じなくなりました」


「あたしが復活したことに気づいて気配を絶ったのね……ちっ、逃げ足の速い野郎だこと……まぁいいわ、会長のストーカーを続けるとすればいつかは姿を見せるはず」


 由良江は小鳥遊さんに向きます。


「悪いけど24時間体制で監視させてもらってもいいかしら?」


「もちろんです。由良江様にあんなところやこんなところまで見ていただくことができるなんて私にとってはご褒美でしかありません……それより今回はすいませんでした、私のせいで辛い思いをさせてしまって」


「いいのよ。むしろあのストーカーを連れてきたのはあたしみたいなものだし、こっちが謝るくらいね。ごめんなさい」


「そんな、由良江様のせいではありません!!!」


「そして新悟。本当に迷惑かけたわね」


「別に、てめーに迷惑かけられるのは慣れすぎてるよ」


「……そうね。ふふっ」


「なんだ気持ち悪い笑いしやがって」


「だってさ、あんた口調が荒くなってるわよ」


「あ」


 しまった。僕としたことが。


「あたしの為にそんなに我を忘れるほど怒ってくれるなんて嬉しすぎてどうにかなっちゃいそうだわ。って言うかやっぱりあんたもあたしのことが好きなんじゃない。そうでしょ、だからそんなにキレたんでしょ」


 大きく深呼吸して………はい、戻ります。


「勘違いしないでください。僕は僕が怒りたいと思ったから怒っただけです。由良江のためだなんてこれっぽっちも思ってません」


「どうだか……なんにしてもあたしは今日と言う日と」


 唇に手を当ててにこりと微笑みます。


「初めて新悟からしてくれたこのキスの感触を一生忘れないわ」


「………好きにしてください」


 可愛い顔ですね……まったく、初めて見た笑みよりもずっと可愛い……僕もまだまだ全然修行が足りませんね。


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