第12話 これが四天王の姿です
僕はバトル漫画のことが好きです。拳と拳がぶつかり合う魂のぶつかり合いから能力を使っての知的バトルまで何でも好きです。とはいえ好きなのはあくまでもフィクションだからです、本当に血が飛び散り合うバトルをするなんて正直やりたくありません。人類は平和であるべきなのです。とはいえ少年漫画で育った身としては四天王と言う言葉に心躍ってしまう自分がいるのも確かです。
とはいえ今すぐどうと言うことはないでしょう。今は小鳥遊さんのストーカーの方を対処すべきです。僕たちはその対策案を練るために休日の今日、リビングで話し合いをしていました。
「それで由良江、ストーカーを特定する能力とかはないのですか?」
「ないわ。あんたのことは千里眼と地獄耳で基本24時間監視してるけど、相手が分からないんじゃ使えないわ」
「何故プライバシーの侵害を暴露したんですか?」
「あんたはいつでも見張られている、くれぐれも浮気するんじゃないわよって言いたくなって」
「付き合ってないから浮気にはなりませんよね………まぁいいです。サイコメトリーとかそういうのはないんですか?」
「そんな能力ないわよ。ああでも、ちょうどいい奴が昨日きたわね」
近くでちくわを食んでいたパカーさんの首根っこを捕まえてテーブルの上に置きました。
「パカー、あんたは鼻が利いたわよね。手紙に残った匂いから人を探すことってできるかしら?」
「多分できると思うっすけど。自分が外に出ても大丈夫なんすか?誰かに見られたらUMAとして懸賞金を付けられたりしませんかね」
ありえますね。ツチノコみたいになりそうです。
「ずっと鞄の中にぶち込んどくわよ。もし万が一誰かに見られたら黙ってなさい、ぬいぐるみってことにするから。
さて、そうと決まればあの気持ちの悪い手紙を借りてさっさと犯人を捕まえましょう」
「にしても以外っすね」
「何が?」
「姉さんがそこにいる旦那様以外の人の為に努力をしようと思ってるってことがっすよ。自分たちの世界にいた時も口を開けば旦那さんのことばかり、世界を救ったのも旦那さんの世界に転生しなおすためって言って憚らなかったじゃないっすか」
異世界でもそんなこと言ってたんですね………僕とのこと脚色して吹聴してなければいいですけれど。
「あーん。あんたあたしをなんだと思ってるのよ」
「鬼畜聖女」
いつも思っていることがポロリとでたという感じでした。ヤバそうな顔をして口に手を当てています。
「ひき肉にしてあげましょうか?」
「嘘っす。冗談っす。天から与えられた美貌を持つ天才にして努力を惜しむこともない素晴らしすぎる美少女だと心から思ってるっす」
「ふん……まぁいいわ。とにかくあたしだって人の心くらい持ってんのよ……特に歪んだ愛を持っている奴には腹が立つしね」
「同族嫌悪ですか?」
「失礼ね、あたしの愛は純情一直線よ。ぶつけられてるあんたが一番分かってるはずじゃないの?」
「歪んでいるようにしか思ってません」
「あんたがあたしの愛を受け入れられる器になれば分かるようになるわ。
とにかく善は急げよ。この前連絡先を聞いといたから適当なところに呼び出してさっさとストーカー野郎をボコボコにしてやりましょう!!!」
なんとなくですがボコボコにしてやるの部分にやたらと力が入ってましたね……
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小鳥遊さんと公園で合流した僕たちは「馬にならなくていいですか?」と言う小鳥遊さんの申し出を丁重に断りパカーさんに写真の匂いを嗅いでもらっています。
「それにしても流石ですね由良江様、こんな摩訶不思議生命体をペットにできるなんて」
「まぁあたしほどの女になると他の人間がどうあがいても手に入らない物も向こう側から勝手に献上されるのよ。あたしが欲しくて手に入らないものは一つだけ」
こちらを凝視されゼロ距離まで近づかれましたが微笑みでお茶を濁しておきます。
「一つだけなのよ」
笑顔です。
「一つだけ」
笑みを崩さないです。
「一つ」
笑いなさい僕。
「ひーとーつーー」
意地の張り合いになってませんかこれ。
「よし、匂いは覚えましたよ。それじゃぁ姉さん、そして変態のお姉さんに旦那さん、自分の案内に従ってください」
この言葉と共に不毛極まりない意地の張り合いは終わりました。由良江の鞄の中からくるパカーさんの指示に従い街を歩いていきます。
「なんだかこうやって歩いていると普通のデートをしてるみたいな気分になるわね」
「急にどうしましたか?」
「ふと同棲してからこれまでこういう普通の男女が普通にするような営みは全然してなかったなって思ったのよ……口移ししまくったりあたしの身体を隅から隅までどころか中に至るまで触らせたりあたしがいかに素晴らしいかを一晩中聞かせたりはしたけど……こういう普通のことを忘れてたなって………結構いいもんね」
「取り合えず自分がしていたことが異常だと分かってくれたなら嬉しい限りです」
ぎゅっと手を握り締めました。
「あったかいわね…あんたの手のひらはいつも暖かいわ」
邪気のない笑みに思わず胸がドキリと動きました。危ない危ないっ……ヤンデレじゃない由良江はただの絶世の美少女なんですから破壊力えげつないですよ。
「この暖かさにもっと早く……あんたと出会った時から気づいていたらあたしはあんたと正式に付き合えてたのかしらね」
「さぁどうでしょうかね。何せ性根の悪さは生来のものでしょうから」
「言うじゃない。えいっ」
今度は腕に抱き着いてきます。柔らかい胸の感触が腕を通して身体に伝わるのが細胞レベルで分かりました。普段は生乳を押し付けられることも珍しくないのにどういうわけか今回のそれが最も刺激的です。
「こんなに魅力的な女の子に惚れない自信ある?」
「あります」
「嘘つきなさーい」
無意識なのか意識的なのか胸を揺らして性的な刺激をこれでもかと腕に与えてきています。危ない危ない、悟りを開いていなければやられていたところでした。
そうして周りからガトリング砲のような視線を受けながらも僕たちはとある人気のない廃ビルにつきました。
「パカー、本当にこんなところに人がいるの?」
「っす。自分の鼻に間違いはありません」
「……ここに私のストーカーがいるんですか?どっちかと言えば幽霊がいそうな雰囲気なんですが」
怖いのか少し震える小鳥遊さんの肩に由良江が手を置きました。
「んなもんいたところであたしの美しさで浄化するだけだから安心しなさい」
「ほわぁぁぁ!!!由良江様から触っていただけただけでなく心強いお言葉までいただき、幸甚の至りです!!!!」
ひれ伏す様もなんと芸術的なんでしょうか……小鳥遊さんはそういう系の修練でも積んでいたのでしょうか。
「さて、それじゃあ行くわよ」
そして廃ビルの中に入ります。もう電気もついておらず、光源は外からの太陽光のみ。虫やネズミなんかもいるようで、とてもじゃありませんが人が住めるような場所ではありません。いるとすれば脛に傷があるような方でしょうか……幽霊よりはずっと可能性はありますね。
するとあるドアの向こう側に人影が見えます。少しだけドアを開けパカーさんが覗き込むと表情が固まりました。それに続くように由良江も目を丸くします。
「なっ………あれは」
「どうしたんですか!?」
僕の口を塞ぐように由良江がキスをしてきました。突然のことに頭が真っ白になりかけましたがかろうじて意思を繋ぎ止めます。
唇が外され由良江がにんまりとしました。
「敵に気づかれるわ。黙ってなさい」
敵?いや、その前に口を塞ぎたいなら普通に手でしてください………なんて由良江に言ってもしょうがないですね。
仕方なく僕は言われた通りに口を固く閉じて由良江の後に続くようにドアの向こうをのぞき込みます。
「………………」
そこにいたのは金色の髪を携えた男性です。
筋骨隆々という言葉さえ足りないほどに盛り上がった筋肉はまるで毛皮まで筋肉になった熊のようであり、そしてその顔はその筋肉に見合わないほどにトロトロと溶けていました。
「ああっ、可愛い……小鳥遊たん可愛いぞぉぉぉぉ!!!!!」
下半身は裸でおまけにそこに手が言っているような気がしますが、僕の瞳は清いものだけを見ることに決めているので見ないことにしましょう。
「きゃわいいきゃわいい。それに奥ゆかしくてまさしく大和撫子ぉぉぉぉ!!!!!
由良江とかいうゴミ聖女よりずっとずっときゃわいい俺様の天女ぉぉぉ!!!!」
ん?今由良江の名前を……
「小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊」
怖いくらいに名前を呼んでいるのをなるべく聞かないようにしながら由良江に耳打ちをします。
「由良江」
「あんっ♡」
何故喘ぐ。
「急に囁かないでよ……感じちゃうじゃない」
「止めてください。
あの……あの人由良江の名前を呼んでましたけど知り合いですか?」
「ええ、あいつこそ噂の四天王の一人、デリー。
『死の記憶』の異名を持つ武闘派の四天王よ」
「……………武闘派?」
「自分たちの軍を苦しめた将軍でもあるっす……名を聞いただけで震える人も多いんすよ」
「小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊たん小鳥遊」
小鳥遊さんの名前を呼びながら悦に震えてるますけど。
「小鳥遊た~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」
……………あれが?????????魔王軍四天王の一人???????????
「…………世界が平和になりますように」
何故か祈りました。何故かは僕にも分かりません。誰に祈ったのかも分かりません。
ただ、僕の中の四天王のイメージが音を立てて崩れ落ちたことは間違いのない事実です。
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