第8話 尊いものは大好きです

 よく勘違いされますが僕は仏教徒ではありません、生まれてこのかたずっと無神論者です。まぁつい最近神様を見たので神がいることだけは認識したので無神論者ではなくなりましたが。


 とにもかくにも僕は仏教とは全く関係ない僕独自の悟りを開いています……しかしながらそれでもまだまだ道半ば、僕が理想とする至高の領域には程遠いです。修業は必須でしょう。


 と言うわけで近所にある滝に打たれているのですが。


「アバババババババババババババババババババいsgrばbgヴおpばおいsklぶお」


「…………」


 隣に今にも死にそうな顔で滝に打たれている女の子がいます。つい先ほど来たばかりの少女なんですが……これは助けたほうが良いんですかね……


「もおぼせんjgtろいなせいおんぺあbひpsbぎrkbpsjpbぱえおp!!!!!」


 滝の音で良く聞こえませんが、これは絶叫の声なのか、それとも何らかの願い事を言っているのか……しかしこれが修行中だとすれば助けるのは余計なお世話と言うものですし…


 そんなことを思っていると少女の身体から力がなくなり滝の勢いに流されていきました。これは不味いと即座に判断して僕は動き始めます。


「魚たちお願いします!!!」


 清い水の中で元気いっぱい泳いでいた魚たちが少女を川岸まで押してくれました。僕はそこで手を引き少女を陸にあげます。


「大丈夫ですか!!しっかりしてください!!!」


「うっ………うっ…………」


 女性の身体に触るのは好ましくないですが……緊急事態です。ああもう、由良江のやつこういう時に限ってなんでストーキングしてくれてないんですか?ヤンデレストーカー超能力者なら24時間体制で僕をストーキングしててくださいよ。ヤンデレの名が泣きますよ。


 少女の胸を押して飲んでしまった水を口から吹き出させます。しばらくすると顔に生気が戻りおもむろに目を開けました。


「………あれ?僕どうして………」


「滝行のやりすぎです。自分を追い込むのは結構ですが無理はいけませんよ」


「……あれ?神楽坂くん?」


「どうして僕のことを知ってるんですか?」


「そりゃ有名人だからね…世紀の美少女がアプローチをかけ続けているのに歯牙にもかけない変わり者だって……ああ、僕も翠安佐高校に通ってるんだ………助けてくれてありがとう」


 少女は体育座りをして力なく笑いました。


「僕の名前は百目鬼とどめき伊織いおり………一応君と同じ2年だよ…………」


「ああ、そうでしたか。もっと下だと思ってました」


「………やっぱり小学生くらいに見えてたのかな?」


 瞬間、失言してしまったことに気づき慌てて頭を下げます。


「あっ……すいません」


「いいんだよ。慣れっこだから。僕さ、双子のお姉ちゃんがいるんだ……お姉ちゃんは僕と違って身長高くってスタイルも良くって運動神経も抜群な自慢のお姉ちゃんなんだよ。

 僕とは全然違って」


 コンプレックスを感じているようですね………近くに高い能力を持つ人間がいると劣等感に苛まれるのはよく分かります………僕も悟る前は由良江の奴に激しい嫉妬や劣等感を覚えていたものです。と言うか死ねと思っていたものです。出来るだけ苦しい死に方をしてくれと強く願っていたものです……今思えば恥ずかしい限りですね。


「だから自分を鍛えるために無茶な修行をしてたんですか。少しでもお姉さまに近づくために」


「うん。でもやっぱりダメだったみたいだね………まだ滝に入って数分だったのに死にかけるなんて情けないよ」


 本来素人がこんなに多量の滝に打たれる時点で褒められたことではないのですが。


「そんなことありませんよ。気に病むことは「神楽坂くんは1時間前からいたけど全然平気みたいだよね」………まぁ慣れてますから」


「良いなぁ……僕も神楽坂くんみたいに強くなりたいし、お姉ちゃんみたいにカッコよくて綺麗な人間になりたい……けどやっぱり無理なのかな」


 ごろんと寝転がりどこまでも広い大空に手を伸ばしました。


「人には限界ってものがあるのかな………僕がどんなに努力しても無理なんだよね。あっ、ごめんね、初対面なのに弱気なこと言って…でも不思議だな神楽坂くんには言えちゃうんだよね」


 酷く弱々しいその手を握り締めました。とても華奢で皮の薄い手のひらです。


「限界なんてものに屈服してはいけません」


「でも」


「僕も過去に同じような悩みを抱えたことがありました………だから分かるんです悩みを抱えることは決して悪いことではありません。背負っているものが重ければ重いほど正しい修行をすれば大きく伸びるようになります」


 昔の僕はただただがむしゃらに頑張ればなんとかなると思っていました……ただ、それではダメなのです。


「もし貴方が受け入れてくれるならば僕がいくらでも貴方の訓練に付き合います……だから限界だと諦めないでください。人間はいくらでも強くなれるんですよ」


「………神楽坂くん」


 手のひらに力を感じます…嬉しいで「おい新悟」………


 重低音たっぷりの声が鼓膜に響き、地震のように激しく魂を揺らしました。


「あんた何やってんのよ、新悟。まさか浮気??


 あんたはあたしのものだって言ったでしょう。なのに浮気?バカなの?アホなの?あたしには振り向かないくせに他の子には簡単に手を出しちゃうんだぁぁ。へぇぇ~~~~~。


 おかしくない?あたしに惚れない奴が他の奴に惚れるとかおかしくない?おかしくない?おかしいわよね。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい」


「由良江……違います。これは」


「その手はなによぉぉぉぉ!!!!!」


 僕たちの重なった手のひらに地獄の業火で熱された槍に刺されているかのような熱く痛い視線が突き刺さりました。


「この裏切り者ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」


 あっつ…何この視線、本当に熱いんですけど!!!


「僕は由良江のものじゃありません!!!!」


「知るかぁぁぁ!!!!!!!」


 由良江が右手を振ると嵐が巻き起こったかのような激烈な衝撃が巻き起こりました。圧巻としか言えない威力です。


「おい、小娘……人の男に手を出すなら潰すしか「すっごーーーい!!!!」は?」


 この状況にそぐわない子供っぽい声とキラキラとした瞳に由良江の怒気がそがれたようです。


「凄い凄いすごーーーい!!!!!

 神楽坂くん、人間に限界がないって本当だね!!!!こんなに強くなれるなんて!!!!それもあんなに華奢な身体をしている女の子が!!!!なんだか僕自信が出てきたよ!!!

 僕って男の子だし、女の子のあの子よりも強くなれるよね!!!!頑張るぞぉぉぉぉ!!!!!」


 プロサッカー選手を見て自分もああなるんだと豪語する子供のような無邪気さの中で僕と…そして由良江は一つのことに気づきました。


「男の子?」


「うんっそうだよ。

 僕は男の子」


 ………140センチより少し大きいくらいの身長、小学生と見間違えるほどにあどけない顔とクリっとした瞳、ズボンよりもスカートの方が似合うであろう柔らかそうな身体。


「神楽坂くん、僕は夢が決まったよ。いつの日か、誰からも頼りにされる最強の男の子になる!!!限界なんてぶっ飛ばしてやる!!!!!

 頑張ってお姉ちゃんを守れる男になるんだ!!!!」


 僕と由良江の視線はぴたりと合いました。彼女の視線には、そして僕の視線にもこう書かれています。


「男の子なの?」


 ………やはり人間とは神秘的です………そしてなんとも尊いですね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


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