第7話 ヤンデレにとっては心中も選択肢です

 帰り道ポケットの中に妙なものを見つけた。K・Sと刺繍のついたハンカチだ。


「これハンカチ?……ああ、そういえばさっき新悟が落としたのを拾ったんだった……」


 別に捨ててやっても良かったのだけどもなんとなくあたしは家に持ち帰ることにした。たまには飴を上げたほうがあいつも屈服しやすくなるというものだろうなんて考えて。


 家に帰り、ドアノブをひねると鍵がかかっていなかったようで簡単に開いた。不用心だなと思いつつ特に深くは考えずに家の中に入る。


「ただいま~~ママ~~今日の晩御飯何?決まってないならあたしステーキが良いんだけど」


 声が返ってこない。おかしいなと思いながらリビングの扉を開けた。


「ママ、いるの?」


 ママはいた。ただし胸を丸出しにさせられている状態で手足を拘束されていた。ママの前に男がいる、その男はママの大きな胸を舐めまわし、下卑た笑みを浮かべているではないか。


「………え?」


 あまりにも予想外な状況にあたしは凍り付く。実の母親が知らない男に胸を乱暴に揉まれ、蹂躙されている。聞いたこともない嬌声に、欲望に塗れた嫌な音、そして絶望を超え虚無しか浮かんでいない顔を見ていることしかできない。


 不幸中の幸いと言うのかママの身体をいたぶることに夢中になっていたせいであたしが帰ってきたことに男は気が付いていなかった。


 逃げなくては………早く逃げて大人を呼ばなくては………あたしはそう思った。それでも身体は動かない。そうしているうちにママがあたしに気が付いた。


「………由良………江?」  


「!!!」


 男の視線があたしを捉えてしまった。刹那、下卑た微笑みがあたしを貫き、ママがゴミのように放り投げられた。


「ようやくメインディッシュが帰ってきたか。待ってたぜ」


「や………いや………」


「動画で見てからずっとずっと俺のものにしたいって思ってたんだ。ここまでくるのに長かったぜ」


 動画……あたしいっぱいあげてた……ストーカーだ……そんなの本当にいるの?


 脳でそんなことを考えながら一歩も動けなかった。蛇に睨まれた蛙とはこんな気持ちなのだろう。


「やだ……帰って」 


 いつもと同じならこれでいい……これで帰ってくれる…………


「帰るわけがないだろう」


 あたしの願いを拒否した男は無造作にあたしに近づいてくる。逃げようとしたが体が上手く動かない。足が絡んで転んでしまった。


「良い顔だ……これからもっともっと歪めてあげるからね」


「やめて」


 力まかせに服を破かれて、あっという間に下着も剝がされた。丸出しになったあたしの胸を男は鷲掴みにしてくる。


「最高だ……柔らかくて暖かくて……さっきのババアよりもずっと良い!!!やっぱり若いって良いんだな!!!!発育途中は最高だぜ!!!!!」


「やだ……止めてよ………止めて」


 視界が涙で滲んでしまう。視界が不十分になったからなのか男の気持ちの悪い手のひらの感覚が胸から脳髄にまで響いてしまっている。


「止めないよぉ、君は僕のおもちゃだって分からせてあげるまではね」


 頬をべろぉっと舐められた。胸もいやらしく舐められる。身体の底から感じたことのない感覚が吹きあがってくる……嫌なのにひたすら気持ち悪いのになんでやめてくれないの………


「もっともっと歪め歪め歪め!!!!!!可愛い顔が醜く歪んでいくのが最高に愉しいんだよ!!!!!!!」


「やだ……………」


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い


「君の初めてを奪ってあげる……そしてその後俺だけの女の子にするために綺麗に殺してげるね」


 男の顔が人間に見えない…悪魔だ………欲に魂を捧げた悪魔だ…………


 ああ……もしかしたら新悟もあたしのことこんな風に見えてるのかしら…………そうかも……って、なんであたし今あいつのことなんて考えてるんだろう………


 視界の隅にママが見えた。どこにもない虚空を茫然と見ているだけでピクリとも動かない。


「助けて………」


 そう言った瞬間……あたしの胸が勢いよく吸われた。大切な何かがどんどんなくなっていく。大事に守っていた大切な何かが………


「だーれも助けにこないよ……パパも今はいないもんねーー」


「……………」


 身体から力が抜けていく……考える力もなくなっていく…………もう………どうでもいい………どうにでもなれ………


「いっぱい良いことして、いっぱいいたぶって、いっぱい気持ちよくした後に殺してあげるね。

 安心して、君を殺したら俺も一緒に死んであげるから」


 男があたしの下半身に手を伸ばした。まだ誰にも触らせたことのない場所………まぁでもどうでもいいか………


「おりゃぁぁ!!!!!」


「ぐおっ」


 男の頭が誰かに飛び蹴りをされた。あたしと男の間にその蹴りを放った誰かが割り込んでくる。


「泥棒を追ってきたら……なーんでこうなってるかな。

 因果応報って奴か?だとすればちいっとペナルティがデカすぎるぞ。神がいるとすればくそったれだな。まぁ知ってるけど」


「………新悟???」


 なんで?なんでなんでなんで????なんでこいつがいるの?なんであたしを助けてくれてるの???


「よぉ、人の大切なハンカチ盗んだのお前だろ、不法侵入したけど泥棒と相殺ってことで水に流せよ。あと、ちょっと待ってろゴミ女」


 新悟はいつもと同じ強い意志を携えた瞳であたしを少しだけ見た。


「クズ男をぶっ潰してやるから」


「あんだとガキ!!!!」


 男が醜い憤怒を爆発させた。そのまま新悟に突進してくる。新悟はそれを紙一重でかわして腹に蹴りを入れた。


「おらぁぁ!!!!!」


「ごぼっ!!!!」


 だが男はそれで怯むことなく新悟に拳を叩きつける。何度も何度も叩きつける。それを受けながらも新悟は手刀を男の喉にぶつけた。


「っっ!!!!」


「ざまぁみろ……ガキに負けとけゴミおっさん」


 新悟はもう一度喉に手刀を叩きつける。男は苦しそうに呻いた。


「とんgとwrぼう」


「ガキでも急所に当てればおっさんを倒せんだよ………」


 それでもダメージはあったのだろう。新悟は苦し気に膝から崩れ落ちた。


「新悟……大丈夫?」


「おかげさまでタフさには自信のあるもんでな………それより早く警察に連絡を………」


 ポケットからスマホを取り出して警察に連絡をしようとした………その時


 グサッ


「死ねぇぇクソガキィィ!!!!!」


「え?」


 ナイフが新悟の腹に突きたてられた。引き抜かれたのと同時に鮮血が溢れていく。


「……………マジか………」


「ざまぁみろ、クソガキが大人を舐めるからだ」


「新悟!!!」


 男がもう一度新悟を刺そうとした。その時新悟の瞳が怖いくらいに見開く。


「僕を舐めんなよ。ミジンコ以下野郎が」


 腹から血が出ているのに新悟はそのナイフを持つ腕を強く握った。そして思いっきり頭を振りかぶる。


 ガツンッ!!!!!!!!!


 心臓に響くくらいに重い音をだした頭突きを食らった男は白い眼を向いて倒れ伏した。同時に新悟も倒れる。


「新悟!!!新悟!!!!」


「…すっげぇ痛い…………おい泣くなゴミ。似合わねーんだよ」


「なんで……あたしを助けてくれたの………あんたに酷いことしかしてこなかったのに」


「あん?僕は今でもお前は地獄の炎で焼かれてくれって思ってるよ………でもそういうの関係ねーの……いたっ、やべ死ぬ………」


 苦痛に顔をゆがめながらそれでも新悟は口を動かす。


「ただ……目の前で理不尽に遭ってる奴は助けるって決めてんだよ………お前みたいなクズゴミでも………僕はお前に屈服するのも僕の憎しみに屈服するのもごめんだからな………

 いいか、だから勘違いするなよ………僕は僕であるために助けただけだ。僕はエゴイストなんだ」


 キュンッ


 こんな時に場違いな感情が心に湧き出た。


「………本来お前なんて誰よりも苦しめばいいと思ってるんだか………ぐぐぐっ!!!」


「新悟、新悟ぉぉぉぉ!!!!!」


 この人を護りたい……ずっと一緒にいたい。


「耳元でキンキンうるせぇよクソ女。

 こんな痛みに屈服するほど僕のメンタルも、フィジカルもやわじゃねーわ」 


「うん………そうよね………そうなのよね………ありがとう」 


「僕のエゴに礼を言うな……それより救急車を………よ…べ……」


~~~~~~~~~~~~


 あの時の新悟はカッコいいとかそういう次元じゃなかったわね。


「その後、犯人は警察に捕まり、新悟はあたしの呼んだ救急車で搬送されて一命を取り留めたのよ。

 そしてあたしは新悟のことが大好きになっちゃったってわけ。なんというか、可愛さ余って憎さ百倍ならぬ、ムカつき余って愛情万倍みたいな。それまで虐めていたのも実はこいつに惹かれてたからだったりしてとか思っちゃったりして。好きな子のスカートをめくるみたいな」


「レベルが違いすぎますよ」


 新悟の頬にあたしの頬をスリスリさせる。


「うふふ~~~~♡♡♡愛してるわ~~~~~~」


「何と言うか……壮絶な話ね…」


「僕が由良江に受けたいじめの方がよっぽど壮絶でしたよ」


「それはマジでごめんって。全裸土下座して反省文10万文字以上書いてあんたの足の指なめたじゃない」


「水に流してますよ。ただ、まだ僕の心には深い傷がついてますけど」


「流してないじゃないのぉ」


「傷には今も流した水が染みこんでます。ついでに舐められたせいで痛みが増したりしてます」


「意地悪ぅぅ!!!そして愛してるぅぅ」


 ポカポカポカポカ


「ちょっ、叩かないでくださいよ」


「あたしの人生全部あげるから許してよ。あんたが望むならあんたとのセックスシーンをネットにあげてもいいからさ」


「なんで僕にも被害がある禊をするつもりなんですか」


「じゃああたしがあんたにしてきたこと全部やり返していいから。あたしに首輪つけていっぱい虐めてちょうだい。おっぱいを殴っても、股に蹴りを入れても、お尻ぺんぺんだろうと、強引なセックスだろうと何されても受け入れるわ」


「僕は由良江みたいにSじゃないので結構です」


「やはりMなのね」


「やはりって何ですかやはりって!!」


「ふふっ」


 その時館母さんが微笑んだ。


「なんだか二人ともお似合いね」


「冗談よしてください」


「でしょう!!!」


 この人、あたしと新悟のお似合いっぷりを見抜いた……本当にお母様なのかも。


「私としんちゃんは運命の赤いへその緒で繋がれているけれど……貴方達はもっともっと魅惑的な何かで繋がっていそうね」


 館母さんは愛おしそうに新悟の頭を撫でた。不思議と嫉妬心が湧かない。


「よしよし、幸せになってちょうだいね」


「幸せに天寿を全うするつもりですよ」


 あたしも今度こそ新悟と一緒に幸せに死ぬわ。


 最悪心中してでもね。


「今変なこと考えてませんでしたか?」


「別に~~~~~~」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


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