捨てられ令嬢は、王国きっての不良集団に目を付けられる

蒼月イル

第1話 お姫様になりたい令嬢



 幼い頃に読んだ童話や小説の中に出てくる美しいお姫様の隣には、必ず誰もが羨むまでの麗しい王子様がいて、末永く愛し合って幸せに暮らしていた。



 柄にもなく私はそんなお姫様に憧れた。だってお母様が言っていたから。「どんな女の子にも絶対にその子だけの王子様がいるものよ」って。だから私は、自分だけを愛してくれる私だけの王子様に出逢う事を夢見ていた。



 五歳になる年に、大好きだったお母様が事故で亡くなった。馬車に乗ったまま断崖絶壁から落ちてそのまま息を引き取った。誰よりも強くて凛としていたお母様が突然私の前からいなくなってしまった喪失感と虚無感が癒えない内に、お父様が後妻を連れて来た。新しく母になるらしい女性とお父様に手を握られていたのは、私よりも一つ下の女の子。



「ジゼル、今日からお前の妹になるティファニーだ。お前とは半分血が繋がっているのだから優しくしなさい」



 衝撃的な爆弾発言を投下したお父様は、継母になる女の腰に手を回して笑みを浮かべていた。発言から推察するに、どうやらお父様は私が生まれてすぐにこの女と不倫を働き子を孕ませたらしかった。


 このクソッタレ親父め。そう思って心の中で中指を立てた。もうお気づきの方もいるかもしれないけれど、私は亡くなったお母様の影響もあってこの時には既に非常に口と性格が悪い令嬢に成長してしまっていた。



 さて、話を戻そう。私が読んできた童話や小説から飛び出してきたのかと疑う程に、妹になる女児は可憐でいじらしかった。彼女の前では誰もが頬を緩めていたし、屋敷に仕えている大人は皆彼女を可愛がっていた。


 最悪だったのは、継母の性格が私に負けず劣らず悪かった事だろう。正式にブランジェ侯爵夫人となった継母は血の繋がらない私を心底嫌い、好きだったピアノも本も私から取り上げた。部屋すらも奪われた私に与えられた居住空間は屋敷の離れにある物置小屋だった。それ以来、私はその物置小屋で生活をする羽目になった。


 元より頼りにしていなかった父親は、惚れこんだ継母と天から落ちて来た女神と謳われている義理の妹の言いなりで私に気遣う素振りは一切見せなかった。せめて嘘でも心配するフリくらいしろよと思わなくもなかったが、あの浮気野郎に嘘でも心配される事を想像すると鳥肌が立ったから無関心でいられる位が丁度良かったのかもしれない。



 一気に冷遇される立場になった私は、自分に吹く風が芳しくないとすぐに気づいた。


 このままではブランジェの家門から除籍される可能性も十分にあるわ、そうなった際に一人で生きていく術を身につけなくちゃ…。


 そう思い立った私は生き残りを懸けて動き始めた。


 創られた物語ならこの辺りで絶望に打ちひしがれ、哀愁を漂わせながら日々を送っている所をたまたま貴族だか王族だかのイケメン王子様に無条件で助けて貰いそこから愛されお姫様ルート確定のハッピーエンドになるというのに、お母様に逞しく育てられてしまった私はこの逆境に立ち向かってしまったのだ。


 継母の手によってどうにかされる前に自分とお母様の宝石や服を回収し必要最低限を残して売りに出した。それを元手に十二になる年に偽名を用いて化粧品会社を設立し、誰にも内緒で会社を成長させる為に多忙な日々を送った。



 そして現在…―。



「ご機嫌ようジゼル、今日もお花を眺めているの?」

「フロラン!来てくれたのね、貴方の言う通りお花を眺めていたわ」



 すっかり自宅と化してしまった物置小屋の外にある年季の入ったベンチに腰かけている私の隣に、銀髪が風に吹かれて躍っている麗しい青年が腰かける。


 彼の名前はフロラン・フィリップ、年齢は十九。武器の原料となる鉱山を所有し、そこから採取される鉱物から剣や盾を作っているフィリップ伯爵家の嫡男だ。


 私と彼は幼馴染で、私より歳が二つ上のフロランは昔からずっと私の理想としている王子様だ。



「美しい君が花を愛でると実に絵になるね」

「まぁ、嬉しいわ」



 にっこりと私ができる限りの可憐な笑みを湛えて、わざと風で乱された長い髪を耳に掛ける。


 本当はどの花なら食べられるのかしらと可愛げのない事に思考を巡らせていた事はここだけの秘密だ。



「ねぇ、ジゼル。君はいつも大丈夫だって言うけれど、本当に大丈夫なのかい?」

「何が?」

「何がって…こんな物置小屋に住んでいる事だよ。あんまりじゃないか、僕からブランジェ侯爵に話をしてみようか?」



 美しい顔に「心配」という文字を貼り付けてこちらを覗き込むフロランに、心臓が大きく跳ねる。


 嗚呼、なんて美しいお顔なのかしら。もう芸術よね、国の美術館に展示されても違和感ないわ。神様、フロランという美形と私を出逢わせてくれてありがとう。



 優しさに満ち満ちているフロランの言葉に感動しつつも、私は首を横に振った。



「その気持ちだけで十分よ、今更私がブランジェの屋敷に戻ったって水を差すだけだもの。それに、ここでの生活も気に入ってるわ」



 あのクソッタレ親父とド悪党継母の顔を見なくて済むからね。あの屋敷で生活するよりもずっと精神衛生は保たれる。


 健気で儚い女だとフロランに思われたくて、哀愁のある微笑を湛えて見せる。



「ジゼルは本当に強くて恰好良いね」

「……」



 ガーーン、全然健気だと思われてないわ、儚い女を感じていたなら絶対に出ないであろう「強くて恰好良い」という言葉を放たれてしまったわ。


 悪意のないキラキラと輝く眩しい笑顔を絶やさないフロランの言葉が、容赦なくグサグサと心に刺さる。



 フロランには可愛くてか弱い女の子だと思われたいのに…そしてあわよくばそんな私に恋してくれても良いのに…。


 強欲に塗れている私の下心なんて露知らず、フロランは今日も花々を揺らしている春風よりも爽やかだ。



「何だかフロラン顔色悪いわ、体調が優れていないの?」

「ううん、平気だよ」

「嘘言わないでよ」

「…ジゼルには敵わないね。実は、最近からフィリップ家で作られている武器を王室直属の騎士団に卸す役割を任される様になったんだけど、取引相手があのクロード・シャルリエ第二王子なんだ」

「え!?」



 クロード・シャルリエ。この国の第二王子であると同時に「暴君」「王室の汚点」「不良王子」等と言った悪名を欲しいままにしている男だ。


 王位継承権第二位でありながら自ら希望して王室の騎士団に入団し、その才覚をすぐに発揮したクロード・シャルリエは実力で騎士団長の座を手にした男だ。真偽のほどは不明だが、第二王子という特権で女を食い荒らし、好き放題して贅沢の限りを尽くしているという噂は有名で、気に入らない人間がいればすぐに殺める非情な人間だという話も囁かれており、国王すらも手が付けられない有様らしい。


 そんなクロード・シャルリエとマイスウィートプリンスフロランが仕事をしなくちゃいけないなんて、あんまりだわ!!!



「もう何度か尋ねて実際に会って話はしているんだけどね、忙しいからと門前払いされたり、お前みたいな辛気臭い奴と話したくないって言われたり、やっと話ができたと思ったら無茶な注文が多かったりで、全然進展していないんだ」



 あからさまに肩を落として溜め息を吐いているフロランの姿に胸が痛くなる。


 おのれクロード・シャルリエめ。私のフロランに気苦労させてるんじゃないわよ、第二王子だか何だか知らないけれど、フロランを苦しめる人間はこの私が絶対に許さないわ。



「フロラン、落ち込まないで。きっとフロランのその真っ直ぐな姿勢は、クロード・シャルリエ第二王子にも届くはずよ」

「ジゼル…」



 今の私滅茶苦茶ヒロインっぽくないかしら?童話に出てくるお姫様そのものって感じがしない!?!?


 下を向いていた顔を上げたフロランと視線が絡み合い、反射的に鼓動が速くなっていく。



「フロラン様!!!」



 このままフロランが私を好きになってしまえば良いのに…そんな願い事を心で唱えた刹那、良い雰囲気を切り裂く様に可愛らしい声が彼の名前を呼んだ。


 すぐに声のした方へ視線を伸ばせば、こちらに向かって駆けてくる義理の妹の姿を捉えた。



 桃色の長い髪をふわふわと浮かせながら満面の笑みを咲かせている彼女は、相変わらず存在するだけで可憐で、彼女を護ってあげたいと見た人に思わせる。私が足掻いても手を伸ばしても届かない物ばかりを持っている。彼女はまさに天性のヒロインだ。


 そして彼女は今年…―。



「あ、いけない。ティファニーとティータイムの約束をしていたんだった、クロード・シャルリエ第二王子だけでなく婚約者のご機嫌も取れなかったら、いよいよ僕はお父様に叱られちゃう」



 私を差し置いてブランジェ侯爵令嬢として、フロラン・フィリップと正式に婚約した。



「それじゃあまたね、ジゼル」

「ええ、フロランに会えるのを楽しみにしてるわ」



 慌てた様に立ち上がって服の皺を軽く払い、すぐに義妹の方へと駆け出したフロランの背中に手を振った私は、小さく呟いた。



「お母様の嘘つき、私はお姫様になんてなれそうにないわ」



 落ち合って仲睦まじく話している二人の姿に、苦しみと痛みが胸に広がっていく。それに耐える様に、ぎゅっとドレスを握り締めた。




第1話【完】




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